ヘンな論文
サンキュータツオ
研究、研究者への愛
著者はお笑い芸人でありながら大学の非常勤講師も務め、さらにはアニメオタクでもある。そんな著者の趣味の一つである珍論文コレクションの中から、13本の論文を紹介しているのだが、本書の目的は内容について言及することではない。学問とは、研究とは、いかなるものなのかについて熱く語るための本である。本書全体から学問や研究、またそれに情熱を傾ける研究者への愛が感じられる。
タイトルの「ヘン」以外にも、「ヒマなのか?」とか「どうでもいいことすぎる!」というような、どちらかというと失礼な部類の言葉を芸人さんらしい軽妙な文章に織り交ぜているのだが、それが全然不快ではないのは、愛情を感じるからである。
学者とは
学問とは「問いに学ぶ」ことである。だから、「問いをたてる」ことがまず大切だ。それが役に立とうが立つまいが。「やりたいこと」「知りたいこと」がまずあって、それにもっともらしい理由を後付けするなんとも愛らしい人種、それが学者である。
本書で紹介されている論文はどれも面白そうだが、中でも僕が好きなのは「『コーヒーカップ』の音の科学」である。「コーヒーカップにインスタントコーヒーの粉末を入れ、お湯を入れてスプーンでかき混ぜると、スプーンとコップのぶつかる音が、徐々に高くなっていく」ことに気付いた女子高校生と物理の先生がその謎を究明していくのである。
まず、音が高くなっているのは気のせいでは? という当然の疑問に対し、何をしたかというと、コーヒーカップとスプーンの接触音を録音してパソコンに取り込み、その周波数特性を測定したのである。その結果、気のせいではなく本当に音が高くなっていることが確認されたのである。また、それはインスタントコーヒーは関係なくカップがお湯で温められたことが原因では? という可能性もきちんと実験により、そうではないことを実証している。
そこから研究を進め、様々なものをひたすらコーヒーカップに入れスプーンでかき混ぜ、ついにあることをつきとめるのだ。詳しい内容は本書を読んでいただきたいが、私が魅かれたのは、立てた問いに対し愚直に向き合う、その清々しいまでの姿勢である。考えられる可能性を一つ一つ丁寧に検証してゆき、結論にたどり着く。それが「だから何?」と言われそうなことであろうと何だろうと、お構いなしに。
研究の面白さ
著者は言う。「美しい夕景を見たとき、それを絵に描く人もいれば、文章に書く人もいるし、歌で感動を表現する人がいる。しかし、そういう人たちのなかに、その景色の美しさの理由を知りたくて、色素を解析したり構図の配置を計算したり、空気と気温を計る人がいる。それが研究する、ということである。だから、研究論文は、絵画や作家や歌手と並列の、アウトプットされた『表現』でもある」
先ほどのコーヒーカップの音の研究も、それがわかったからと言って世の中が変わるものではない。だがそれを、不思議だと思うことを解き明かしてみたいという純粋な気持ちの表現だとすれば、これほど楽しい読み物はないとも言える。
自分のことを振り返ってみると、論文といわれるものを書いたのは大学の卒業論文だけである。しかし確かに、そのときは楽しかったと思う。先行研究や本を読み漁り、実験をし、考え、の繰り返し。そこで味わった楽しさは、その後の自分のベースにもなっていると思う。
その途中こそが最も楽しいということを知ってしまったので、締切の迫っている仕事でも、あえてわき道にそれてしまったりして時間が足りなくなってしまうこともしばしばある。「問いに学ぶ」という姿勢は、人生を豊かにしてくれると思う。今後私が何かの論文を書くなんてことは、まずないだろうが、知りたいことにまっすぐ向き合うという楽しさは、論文を書かずとも味わえるはずだ。
「なに、この、人生アウェーな感じ!」といわれるような「ヘン」な人に、私もなりたい。
(尾原 陽介)
出版元:角川学芸出版
(掲載日:2015-12-10)
タグ:研究
カテゴリ その他
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