不屈の「心体」 なぜ闘い続けるのか
大畑 大介
過酷な競技、ラグビー
トップアスリートはいつしかその華やかな舞台から降りるときがやってくる。まだ続ける力を十分に残しながら新たな人生を始める人あり、衰える身体に折り合いをつけながら続ける人あり、あるいは満身創痍になっても続ける人あり。続ける機会を奪われる多くの人を除けば、自分で進退を決めるその判断に是非はない。当人の価値観なのだから周囲があれこれ口を挟むことではないだろう。このトップレベルに名を連ねる期間は、競技によって大きく異なる。もちろん、同じ競技でもポジションによっても大きく異なる。そして多くの競技の中でもラグビー選手としてトップであり続けることは、他競技に比べて肉体的にずっと過酷だといっていいだろう。
本書は自他ともに認める現在「日本で最も有名なラグビー選手」大畑大介氏の半生記である。2007フランスワールドカップの8カ月前に右アキレス腱を断裂し、懸命のリハビリにより復帰。本戦を2週間後に控えた調整試合でまさかの左アキレス腱断裂という悲劇に見舞われた選手である。スピードスターとしては致命的とも言える両アキレス腱断裂。しかし物語は終わらない。彼はトップリーグに復帰してきたのである。
フィールドに立ち続ける
本書でも描写されている彼の復帰戦を、私は長居スタジアムで観戦していた。インターセプトからトライを奪った復活を印象づけるシーンでは、持ち前の加速感は本来の姿を失っていた。しかし、「やっぱり何か持っとるな」と多くの人が思ったはずだ。ただそれよりもディフェンスを中心とした、どろくさいチーム貢献プレーが印象に残った人も多かったのではないか。そのあたりは、本書の内容からも間違いなさそうである。スピードスターがその持ち味を失ったとき、舞台に背を向ける人は多いだろう。しかし自分の持ち味が失われていくことに抗い、それと同時に足りないスキルを向上し、総合力でチームからの信頼を失わずフィールドに立ち続ける。個人的にはそのようなアスリートに強く惹かれる。 決して恵まれた体格ではなく、学生時代も決して王道を進んできたわけではない。その彼が度重なる逆境を乗り越えてきたのは、「超」ポジティブな性格ならではだろう。本書全編を通じてそれがビリビリ伝わり、感動的ですらある。もちろん先述のアキレス腱断裂や、あるいは一章を割いている「ノックオン事件」なるモノに関しては本人が描写している以上にたたきのめされたはずだ。ノックオンとはラグビーのプレー中にボールを前方に落とすことで、この「ノックオン事件」は、重要な局面での信じられないノックオンにまつわる話である。
その失敗そのものより、それが起こるに至る自分の取り組み方をひどく責めている。超ポジティブ男をして「消えたい」と言わしめる落ち込みはそんな内省から起こるのだ。詳細は本書を見ていただくとして、そこからの立ち直りは文章で表せるほど生やさしいモノではなかったはずだ。いずれにせよ、スーパースターの名を借りてあれこれ指南するノウハウ本より、俺はこう生きてきたんだとただ語るもののほうが格好よく、胸に響く説得力がある。
アキレス腱断裂によりワールドカップ出場を逃した翌年の2008年度シーズンにトップリーグに復帰した彼は、シーズン中に肩甲骨を骨折し手術を受けている。しかし2009年度には公式戦13試合中8試合に出場し、今年も現役を続行している。満身創痍の彼が活躍する姿も見たい反面、若手選手がすっぱり引導を渡してもらいたいとも思う。今シーズンはそこにも注目してトップリーグを楽しみたい。
(山根 太治)
出版元:文藝春秋
(掲載日:2010-07-10)
タグ:ラグビー
カテゴリ 人生
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