重力との対話 記憶の海辺から山海塾の舞踏へ
天児 牛大
舞踏家によるレッスンの魅力
以前にも書いたと思うが、齢四十を越え“身体”とか“スポーツ”とか“体育”とかに対する科学的なものの見方に疑問が生まれるようになった私は、“ナンダカワカラナイ”が何だか魅力的な舞踏ダンサー滑川五郎に教えを乞うた。レッスンは、“雲の上を走る”“石像になる”“宇宙の詰まった卵の中で動く”などなど、やはりナンダカワカラナイもので、“強くなるためのトレーニング”や“速くなるための動きづくり”といった思考回路で運動を捉えているのでは到底理解できないものばかりだった。
しかしワカラナイながらも身体の方にはストン!ストン!と心地よく入ってくるものが多かった。何より、挨拶を交わすため向い合った滑川の立ち姿の美しさは圧巻だった。
舞踏といえば「それは白塗りの、時には半裸や剃髪の、あるいは女装をしたダンサーが、ゆっくり動くダンス。リズムに合わない動き、腰を落とした内股、操り人形のような姿態。半眼や白目、歪曲などを伴う大胆な顔の表情(原田広美著『舞踏大全』より)」で動くもの、そのような生半可な知識しか持たない私にさえ、滑川の立ち姿は舞踏が表現する世界の素晴らしさを垣間見た気にさせてくれるのだった。
それぞれに理由がある
さて、今回の『重力との対話』の著者、天児牛大(あまがつ うしお)は、滑川とともに「山海塾」という舞踏カンパニーを1975年に立ち上げた主宰者である(山海塾の活動は現在も続いている。滑川は1987年に独立。2012年逝去)。
本書には天児の半生、作品への想いや創作の理論などが綴られている。天児は山海塾の舞台で「仏倒れ」という振り(直立姿勢から後方にそのままバタン!と倒れる)を見せる、凄まじい身体能力の持ち主である。そういう人の、つまりは舞踏ダンサーの表現法の秘密が書かれているわけで大変興味がそそられる。
たとえば「半眼」で動く、世の中を見る、ということを滑川はレッスンでよく言っていた。半眼とは、仏様のような、瞼を半分開いた(閉じた)状態のことをいう。
そうする理由を天児は次のように説明する。「人はアウト・フォーカスな視野でいるとき、なんとなくその場の総体を身体でレシーブしている。つまりなにかひとつ特定のものをはっきりと見据えていないからこそ、自分の周囲三百六十度にどのような物事が蠢いているかを全容的に把握できる。だがそうしたパノラマからなにかひとつの出来事をセレクトし、自分の視点をある一点にフォーカスしていくと、そこには『選んだものを見る』という揺るぎない意志が生まれる。あるひとつの物事を周囲から切断し、全神経を注ぎ、それを『見る』。そのような確たる意味付けを持って、あらためて行動していくことになる」。半眼が単なる薄目と異なることがよくわかる。
ほかにも、山海塾の稽古場に鏡を置かない理由(滑川のスタジオにもなかった)は「鏡に映る身体を訂正するという表面的手法とは異なる」「自分の内部を覗いていくような」やり方で身体を操作していくためであるとか、「横たわった姿勢から床面に座る姿勢、あるいは立つ姿勢へと最小の筋力で移る」動作は「ゆっくり」「ていねいに」行うことで「身体のうちに緊張と緩和がとなりあっているのをよりよく気づかせ」てくれるといい、外面的な視覚情報よりも、身体内部の感覚を研ぎ澄ますことの重要性を述べている。
また「共鳴と共振」「意識の糸」「息の行方を探る」「ダンスと身体」「成立させたくなるなにものかを求めて」などなど、天児の創作に対する考えが綴られていて舞踏というものが少しはわかったような気にさせられるとともに、これらの理論は競技的運動の中にも案外応用できるのではないかと考えたりもした。
旅路で思うこと
余談だが、自伝的な部分はどうやら天児が「自分で書くのは気恥ずかしい」とかで、「聞き書き」という形式が取られている。しかしながら、この聞き書きをした岩城京子というパフォーミング・アーツ・ジャーナリストの文章がなんとも知的で美しい。聞き出したものを文章化する作業とはいえ、この静謐でスマートな“世界感”には書き手の力量が大きく反映しているに違いない。その上、この仕事を依頼されたのは岩城が二十代の頃だというから才能というのは怖ろしい。この人には芸術の深淵が見えているんだろうなあと、心の底からうらやましい。
それに引き換え私といえば、齢五十も半ばを迎え、悟ることなく毎回グルグル問答を繰り返し、舞踏の何たるか、芸術の何たるか、体育の何たるか、人生の何たるかがいまだ見えず、夜なべに(もう朝だが)文章をひねり出しながら“自分探しの旅”はまだまだ続いているのである。
(板井 美浩)
出版元:岩波書店
(掲載日:2015-10-10)
タグ:舞踏 自伝
カテゴリ 身体
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