裏方の流儀 天職にたどりついたスポーツ業界の15人
小宮 良之
スポーツ科学の主役は誰か
骨格筋は無数の筋線維の集合体である。筋線維には速筋線維と遅筋線維があって各人固有の割合(筋線維組成)を持っている。“速・遅”二大タイプの比率は生まれつきのもので変えることはできないが、速筋線維のサブタイプ間では持久力に優れた筋線維へと、後天的なトレーニングにより移行することがある云々、というような話は皆さんご存知のことと思う。
各種スポーツにおける一流アスリートの筋線維組成についての研究が1970~80年代にかけて大いに流行した。とくに陸上競技などは筋の出力特性と競技成績が結びつきやすいため盛んに研究された。若いうちに筋線維組成を調べ、好き勝手な種目を選ぶより、より適性の高い種目を選ぶべきであるというような空気も一部の研究者の間にはあった。「バカを言っちゃ困る。科学の名を借りてそんな横柄なことはやめてくれ」と思ったものだ。どんな一流アスリートでも最初は初心者なのだし、あるスポーツをやってみたらうまく行ったとか、何か感じるところがあったとか、血が騒いだりしたことがそもそもの始まりだと思うのだ。たまたま人に勧められて始めたスポーツがいつの間にか好きになって、どんな苦労があってもなぜか続いてしまったなんてこともあるかもしれない。
ほぼ“自然選択”で適性のあるスポーツを選んで強くなった人たちの筋線維組成を調べて平均を出したら、たまたま種目ごとの差が生じたというだけのことである。個人間のバラツキは非常に大きいし、筋の出力特性はトレーニングによって多様に変化するものなのだ。スポーツの成績は1つの素質だけで決まるものではない。そして何より種目の選択にいたっては、筋線維組成がどうとかいう以前に個人の自由の問題だ。そこを履き違え“科学原理主義”に陥ってはならない。スポーツ科学の主役は誰かをよく考えてデータや理論の解釈をして行くべきだ。好きな種目をトコトンやればいいじゃないか。向いているのいないのと他人から言われる筋合いはないのだ!
教科書ではない指南書として
さて、スポーツはアスリートだけで成り立っているのではない。これもご存知のことと思う。本書は、さまざまな「裏方」と呼ばれる人たちにスポットを当てたものだ。
「スポットライトを浴びるアスリートたちが最高のプレーをするために、人生を賭ける。脇役に徹して、粛々と己の仕事をやり遂げる」人たちのことを裏方という。中には、今まで日本にはなかった職業とか、日本人では初めてその職業に就いた人もいる。既存の制度の有無を問わず、いずれ劣らぬ“クリエーター”ばかりが登場する。
登場人物の誰もが“好きで”自身の仕事を選び、独自の工夫を凝らしながら仕事にいそしんでいる。アスリートたちにとって、なくてはならない役割を担い業務を超えて己を律するその姿は、立場こそ裏方ではあるけれども表とか裏とかの区別を超えた存在として輝いている。
経緯はそれぞれ異なるが、ほとんど皆“まわり道”をして現在の職業に至っている。その経験が今の“好きな仕事”の礎になっているようにも思える。最小の努力で最大の効果を得ようということ、すなわち“効率”のよいことが科学的トレーニングなのだと学校の授業や理論書の多くで教えてくれる。しかし、まわり道の重要性とか、どうやって食っていったらよいのかということは教えてくれない。でもまあ考えてみれば、まわり道という“有機的無駄時間”の過ごし方など、そもそも誰かに教えてもらうものではなかった。
本書は、そうやって天職にたどりついた15人が、まわり道は決して無駄道ではないこと、スポーツの喜びは舞台の表側にだけ存在するものではないことを教えてくれる。しかし教えてくれるのはそこまで。その先は、これを読んだ若者が自身の未来をどう展開させて行くのか、自らの力で切り開いて行きなさいと励ましているように思う。
(板井 美浩)
出版元:角川マガジンズ
(掲載日:2012-10-12)
タグ:裏方 スポーツを支える
カテゴリ その他
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