ボールマンがすべてではない バスケの複雑な戦術が明らかになる本
大野 篤史 小谷 究
戦術がわかりにくいスポーツ
「バスケットボールはほかのスポーツと比較して、戦術が見えにくく、わかりにくいといわれる」。本書の著者らはまず前書きでこう述べ、その理由を以下のように挙げている。得点が入ってもゲームが途切れず、次から次に攻防が展開されるため、直前に行われた攻防やその戦術を振り返っている時間がほとんどないこと。コート上の5人のプレーヤーがオフェンスにもディフェンスにも参加し、全員にシュート機会があるという役割分担の曖昧さ。そして何よりも、頭上にあるゴールにボールを入れることで得点を競うというルールが、戦術以前に高身長のプレーヤーが有利になるという特殊な状況を作り出していることである。
これだけ条件が揃えば、実際にプレーや指導をした経験でもない限り、あるいはよほどベテランの観戦者でもない限り、大型選手の豪快なダンクシュートや、ブザービーターのスリーポイントシュートのような派手なプレーにのみ目を奪われることになってしまうのは、仕方のないことではないだろうか。
評者自身のことを述べて恐縮だが、20年近くにわたってスポーツ情報分析ソフトウェアの販売に従事した。その経験の中で、国内外で数多くのすばらしいバスケットボール指導者に巡り合い、話をする機会を得たにもかかわらず、バスケットボールの戦術への理解はほぼ皆無であったことを告白しておく(以下の評は、その前提でお読みくださると幸いである)。
「得点を狙わない戦術」もある
本書はそうしたバスケットボールの戦術をわかりやすく紐解くために、プロバスケットボールチーム千葉ジェッツ(執筆当時。現・千葉ジェッツふなばし)のヘッドコーチと、バスケットボールの戦術研究を専門とする研究者の2人が筆を執ったものである。
著者らは本編に入る前に、プレーヤー個々の力が勝敗に及ぼす影響が大きいバスケットボールというスポーツにおいて、戦術がどういう意味を持つのかを定義している。それは、ひとたびゲームが始まると、コーチにとって戦術が最もコントロールしやすいものであり、勝利に近づくための方策として大きな影響を与えるものだということである。
さて、戦術を解説する本編の構成は「オフェンス」「ディフェンス」「ディフェンス戦術 vs オフェンス戦術」の順になっている。そこで意表を突かれた。オフェンス編で最初に紹介されているのは、「ファストブレイク」や「アーリーオフェンス」といったポピュラーな戦術ではなく、得点を試みないオフェンス戦術「ストーリング」なのである。これは積極的に得点しようとせずに時間の消費を図る戦術で、残り時間が少なく一定の点数をリードしている場面で有効となる。一見消極的に見えるが、対戦している両チームともに非常に細かい戦術的対応を要求されるシチュエーションである。
このストーリングをいの一番に取り上げるという構成に、読者にバスケットボールの戦術の多様さや深さを伝えたいという著者らの意欲を感じたというのは言い過ぎであろうか。
丁寧な解説とプロチームの実例
それぞれの戦術についてもわかりすく、丁寧に解説されている。たとえばオフェンスの戦術は、コート上の5人のプレーヤーの配置「アライメント」に始まり、「プレーの自由度」「強みを活かす」「スピード」「シチュエーション」などのテーマに分けてまとめられている。バスケットボールの未経験者にとっても、熟練のガイドに案内されながら山を一歩一歩登っていくかのように、迷子になることなく読み進められるだろう。
また本書における戦術解説が、読んでいて非常にイメージしやすい理由がもう一つある。それが、プロバスケットボールチーム「千葉ジェッツ」が実際に採っている戦術、ポイントガードの富樫勇樹選手をはじめとする実際のプレーヤーの動きを、例として惜しみなく紹介していることである。競技スポーツにおいて、ヘッドコーチ自身が自分のチームの戦術をこうして明るみに出すこと、しかも出版という形で残すことはある意味、諸刃の剣とも言えよう。しかしそれは同時に、千葉ジェッツの戦術が、その年その年で常に進化を目指していることの裏返しなのではないだろうか。バスケットボールの日本一を決める全日本総合選手権大会を本書出版の年(2017年)から3連覇しているという結果を見ても、千葉ジェッツの戦術はその後もっとブラッシュアップされ、進化しているに違いない。
戦術理解がゲームの魅力を高める
現在、日本のバスケットボール界が活気に満ちていることは間違いない。日本代表チームは男女揃って来年の東京オリンピックへの出場が決定し、4シーズン目を迎えるBリーグも毎年観客動員数を増やしている。渡邊雄太選手や八村塁選手のNBAでの活躍も楽しみである。
本書は、そうした中でバスケットボールに興味を持った人にとっても、著者らが述べているように「戦術に気づき、理解することでゲームは飛躍的に面白くなる」一助となるであろう。コーチやプレーヤーのための実践指導書としてだけでなく、幅広い人にお勧めしたい書である。
(橘 肇)
出版元:東邦出版
(掲載日:2019-09-04)
タグ:バスケットボール 戦術
カテゴリ 指導
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スポーツ技術・戦術史
新井 博 小谷 究 鵤木 千加子 榎本 雅之 後藤 光将 谷釜 尋徳 福井 元 山脇 あゆみ 秋元 忍 田村 大
スポーツの技術についてまとめられた日本で最初の研究書は、1972年刊「スポーツの技術史」だという。その後2000年頃までスポーツ技術史研究はあまり進まなかったとのことだが、現在はさまざまな種目で取り組まれており、専門家たちが執筆を担当している。本書ではサッカー、水泳、スキー、テニス、バスケットボール、バドミントン、ホッケー、野球を取り上げる。
技術は用具の進化やルール変更、科学的なトレーニング、戦術のトレンド、さらには社会におけるスポーツの在り方によって変わっていく。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:流通経済大学出版会
(掲載日:2021-06-10)
タグ:技術史 戦術史
カテゴリ その他
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バスケットボール用語事典
小野 秀二 小谷 究
2014年にバスケットボール学会が発足し、競技研究が活発化している。また2020年東京五輪に向け競技力の向上が望まれる中、研究者および現場の指導者・選手の取り組みがスムーズに進むよう、用語の「交通整理」がなされた。アメリカで生まれた競技のため、用語1つとってもチームによってニュアンスが異なることも多い。全体的なレベルアップにはまず用語の共通認識が欠かせない。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:廣済堂出版
(掲載日:2017-08-10)
タグ:バスケットボール 用語
カテゴリ スポーツ医科学
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