潜在能力を引き出す力 フィジカル・コーチが見たトップアスリートの成功法則
白木 仁 山岡 淳一郎
KUDOH 47番
平成16年6月18日、その日の試合は最近には珍しく投手戦の様相を呈していた。初回、ジャイアンツの工藤公康投手は連打と四球で一死満塁といきなりピンチを迎え、さらに2回にも二死満塁のピンチが続く。しかし、結局工藤は7回まで投げきり、その後投手リレーをつないで1対0の完封勝利をものにする。工藤197回目の勝利である。
この日の工藤を彼はどのような感慨をもって見守っていたのか。その彼とは、工藤のフィジカル・トレーナーとして14年間、工藤の身体を“コーディネート”する役割を果たしてきた“白木仁”その人である。白木は言う。「『トレーナー』という言葉から、読者は何を想像されるだろうか。(中略)スポーツ界で『頂点の勝負』に携わってきた者としては、そこに『コーディネーター』という見方を加えていただきたい。(中略)トレーナーは、より選手に近い位置で、選手に寄り添い、けれども選手ベッタリにならず、刻々と変わる彼らの体調を把握しながら、時には監督との対立も辞さず、総合的な戦力を調整する者だ。独立した職能である。到達すべき勝利から逆算してトレーニング計画を立てるので『プランナー』とも言える」。少し長い引用になってしまったが、ここに白木自身のトレーナーとしての哲学がみて取れる。その証拠に、白木は工藤のみならず、プロゴルファーの片山晋呉にも、さらにはシドニー五輪でシンクロナイズドスイミング・デュエット銀メダルの立花・武田組に対してさえも、この姿勢を一貫して崩していないと言う。白木は「フィジカル・コーチの基本的な役割は『トリガー(引き金)』だと思っている。実際に身体を動かすのは選手なのだ。選手がトレーニングの目的と手段を自ら『選び』、能動的に関わらなければ、効果は期待できない。(中略)フィジカル・コーチングを支えるのは、選手を知ろうとする意欲、人間に対する興味なのだ」とも言う。とすれば、14年もの間白木を魅了した工藤投手の人間的魅力、身体の秘密とは果たして何か……。
潜在能力をどう引き出すか
最近、アスレチック・トレーナーという職種に人気が集まっている。とはいえ、決して就職がしやすくなった訳ではない。予備軍とも言うべき高校生や大学生にとって憧れの職種になっているのである。理由ははっきりしない。が、私が現在勤める大学にもこのアスレチック・トレーナー養成コースがあり、ここに所属する学生に入学の動機を聞いてみると「高校の部活でケガをしたとき、病院のリハビリのおかげで復帰できたから」とか「何かスポーツに関係する仕事に就きたいから」といった返事が多い。いずれにしても、憧れの職業となっている理由同様漫然とした返答だ。これは、裏を返せば日本社会において未だアスレチック・トレーナーという職種が十分理解されていない証拠とも言える。中には、応急処置やリハビリテーション、マッサージだけがトレーナーの仕事だと思っている人もいる。しかし、白木は言う。「だからケガした選手に対し、僕は『リハビリ』という言葉は使わない。あくまでも『トレーニング』という。彼らの眠っていた、恐らく、この状況にならなければ気づかなかったであろう力を引き出す。そのためのトレーニングなのだ」そして、さらにこう続ける。「トレーナーの生きがいとは何か、と質問されたら(中略)『人間が変わる現場』に立ち会えることと答えたい」。アスレチック・トレーナーの職域に対して“潜在能力の開発”という新しい提案がなされた瞬間である。
(久米 秀作)
出版元:日本実業出版社
(掲載日:2004-08-10)
タグ:コンディショニング
カテゴリ スポーツ医科学
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