アスリートたちの英語トレーニング術
岡田 圭子
中学校の図書館に「岩波ジュニア新書」の棚があり、面白くてよく借りていたのを覚えている。この本も、その頃の自分に読ませたい良書。
日頃当たり前に使う「アスリート」という言葉だが、「スポーツマン」「プレイヤー」と比較すると、自らの身体能力に対して切実な思いを捨てられない人、という意味合いで用いるのがふさわしいように思われる。そのために手段を選ばず、エネルギーと時間を注ぎ込まずにはいられない人たちのことだ。可能性を広げる手段の1つとしての外国語学習だから、文中の「アスリートには外国語が上手な方がたくさん」という指摘も、至極当然のことと思う。
5人のアスリートを紹介する各章は、前半の〈来歴〉と後半の〈学習法〉で構成されている。前半には、受賞歴からは計り知ることのできない、血の通った1人の物語がある。挫折や停滞についても丁寧に扱われていて、そこには、単なる負の体験からの学びだけではなく、当時の葛藤をなつかしくいとおしむ、豊かさ温かさが感じられる。子どもたちにとってそれは勇気となり、広い世界へ心を開くきっかけとなるかもしれない。鮮やかな物語を通過することで、後半の〈学習法〉が説得力を帯びてくる。ただハウツーを次々に与えられ、それをこなしていくだけでは習得にはつながらないことに気づく子どもも多いと思う。
レスリングの太田章さんの「完璧でなくていい、意思が通じることが大事」「レスリングも会話も同じ、自分をさらけ出して」というメッセージが、大らかで優しかった。子どもはこんな言葉をもっとたくさん浴びて育つべきだと思う。以前、世界で活躍するバレリーナが「とっさに出てこなかったら、日本語でもぽんぽん言ってしまいます、でもなんとか通じるもの」と話していたのを思い出した。
相手も同じ身体活動に打ち込む仲間ならば、それだけですでに1つの表現法を共有していることになる。必死に絞り出したつたない言葉でも、何とか通じればさらに、仲間と共有できる感覚が1つまた1つと増えていく。外国語学習を通して世界が広がることの喜びを、本書はよく伝えていると思う。そして何よりも、目の前の障壁に情熱をぶつけ、自ら突破口を探り当て、勝ち取ってゆくアスリートの生き方が、今日の迷う子どもたちの胸に響くことを願いたい。
(河野 涼子)
出版元:岩波書店
(掲載日:2012-10-16)
タグ:学び 英語
カテゴリ その他
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アスリートたちの英語トレーニング術
岡田 圭子 野村 隆宏
勇気ある人間の姿勢
「日本人やねんから英語なんか必要ないわい」と考えていた若かりし頃。何と狭量で、言い訳に満ちていたことか。何かの可能性を失うとき、弱い人間は自分に都合のいい理屈を探し、見つけたときにはそれにすがり自分を言い聞かせて安心する。この辺りは歳を取った今もあまり変わりがないようにも感じないこともない。勇気ある人間は、現時点でできないことを認め、自分の可能性を広げるためそこに敢然と立ち向かう。
さて、本書は『アスリートたちの英語トレーニング術』と銘打たれているが、その内容には英語が上達する術がこと細かに書かれているわけではない。それよりも、トップアスリートになる人の物事の捉え方、取り組み方が紹介されている、と言ったほうがいい。スポーツにしても、言語にしても、自分の可能性に挑戦するという意味においては同種のものである。
動機づけはどこから
本書に登場するアスリートの皆さんは、それぞれ違う方法で英語力向上に取り組んでいるが、言語そのものを目的としているわけでなく、それを自分の世界を広げるツールとして捉えている。当たり前のことのようだが、試験でいい点数を取りたいとか資格を取りたいと思って勉強するのと、可愛いあの子に話しかけられるようになりたいとか、この領域のことはとにかくとことん詳しくなりたいと思って取り組むのとでは動機づけが違う。本来勉強というのは後者の類の動機づけで行うもののはずだ。本書は岩波ジュニア新書から出版されていることもあり、「試験に出る」という言葉に過敏な子どもたちにはぜひ読んでもらいたい。
生き方が反映される
本書に登場するのは、水泳の鈴木大地さん、ラグビーの箕内拓郎さん、マラソンの瀬古利彦さん、レスリングの太田章さん、そして私的に最も気になった人、増田明美さんである。言わずとしれた女子マラソンの第一人者であり、歯切れのいい解説者としても有名な彼女は、某大新聞の人生相談にも相談役として時折登場する。人様の人生相談にあまり興味はわかないが、回答者の方々のご意見は十人十色の学生を相手に奮闘する際の参考になるだろうと、目を通すようにしている。栄光のみならず大きな挫折をも味わったはずの彼女の回答は、暖かい人間味に満ちていて、唸らされることが多い。坂道を転がり落ちそうな出来事にぶつかっても、物事の捉え方次第で、踏ん張って転落を止め、前を向いてまた進み続けることができる。そんな人は普段から自分を鍛え続けることに余念がないのだと、苦しみを知るからこそ他者への眼差しは暖かくなるのだと、そう思う。スポーツであろうが言語であろうが、その他のことであろうが、そこには生き方が反映されるのだ。滞在時期は前後するがオレゴン大学の英語学校の同窓と知り、ささやかな縁を感じてこちらが勝手にうれしくなった人である。
枠をぶち壊せ
これを書いている「英語なんかいらん」と思っていたこの平々凡々たるおやじも、英語もろくにできないくせに、しかも30歳になる直前というタイミングで海を渡った。トレーナーの勉強したさに無謀にもアメリカの大学院に入って、のたうちまわって何とかなった。ついでに大学のラグビーサークルでは、10歳ほど年下のでかいアメリカ人たちに混じって、身長170cmのCTBとしてレギュラーになったりした。そんなことを思い返すと、若い連中は考え方1つで、何でもできるとは言わないが、自分が勝手に決めつけている己の限界を大きく伸ばすことはできる。
やるべきことをしっかりと積み上げ、後は思い切りでも思い込みでも、勢いをつけて閾値を超えてしまえば、脱分極して上方向に勢いがつくものだ。海外留学者が減少しているという昨今ではあるが、語学という壁を壊し、どんどん知らない世界に飛び出して自分の枠をもぶち壊し、人生を楽しめばいいのだ。
(山根 太治)
出版元:岩波書店
(掲載日:2012-01-10)
タグ:英語 海外
カテゴリ トレーニング
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