高齢者が働くということ 従業員の2人に1人が74歳以上の成長企業が教える可能性
ケイトリン・リンチ 平野 誠一
齢をとりたくて仕方がない
マスターズ陸上などというベテラン選手の大会に出るような人たちは“齢をとる”ということに関して、世間とは少しばかりズレた価値観の中で暮らしている。“長老”が偉いのは当然のこととして、とにかく皆“早く齢をとりたくて仕方がない”のだ。
マスターズのカテゴリーは5歳きざみでクラス分けがされていて、ひとつのカテゴリーの中でレースタイムが同じだった場合、1日でも年上のほうが勝ちとなる。“齢をとるほど体力が低下”しているはずだからだ。そういった意味では、たとえば80歳クラス(80~84歳)では80歳より84歳が有利となる。
しかしまた、ひとつ上がって85歳クラス(85~89歳)になると、今度はそのクラス“最年少”選手として若手のホープに返り咲くことになるのである。
だから88歳の誕生日を迎えられた大先輩に米寿のことほぎを申し上げに行ったとき、“そんなことはどうでもいい”と、遠い目をして宣ったとしても動揺してはいけない。“ああ、早く90(歳)になりてえなあ”とのお言葉が後に続くからだ。マスターズとは、まさに“40、50ハナタレ小僧。60、70働き盛り。男盛りは80、90(歳)”を地で行く世界なのである。
家族経営の工場が舞台
さて、今回は『高齢者が働くということ』。「ヴァイタニードル社」という、アメリカ東部にあって、特殊な注射針などを製造する従業員約40名の家族経営の工場を舞台としたものである。ごく普通の(むしろ小規模な?)製造業ではあるが、ただひとつ違っている点は、従業員の半分を74歳以上の高齢者が占めているところにある。
著者のケイトリン・リンチは気鋭の文化人類学者だ。文化人類学の研究手法に「フィールドワーク(現地調査)」というのがあって、ある文化を共有する集団に対し“外部者”としての目から観察したりインタビューしたりするのだそうだが、もう一歩踏み込んで“内部者”として時間を共にすることで文化の特性を分析しようとする「参与観察」という方法があるそうだ。著者は、約5年の取材期間のうち3年近くを「従業員」として勤め、ヴァイタニードル社の内部にいながら外部者としての観察眼を発揮するという綿密な取材を敢行して本書をものしている。
ケイトリン(この工場では従業員同士を含め社長に対しても互いにファーストネームで呼び合う。従業員の中には先代の社長時代からの者もおり、現社長が少年の頃から知っている)には、「インタビューでたびたび使用してきた質問」に「あなたはお年寄りですか?」というのがあって、従業員は誰もが戸惑いを隠せないようだった。「老い」というのは「文化的に構築された」ものであって、彼らの反応は「年相応の振る舞いに対する文化全体の期待に応えよという社会の圧力があることを指摘する」ものであるという。
働く理由
従業員たちは「人柄や経歴、働く理由も千差万別である」が「働くことに対して、給料だけでなく、帰属感や友達づきあい、さらには生産的なことをしている実感ややりがい、誰かの役に立っているといった経験を求めている」のである。
最高齢が99歳(2011年現在。ほかにも10代からあらゆる世代)の従業員を抱えるこの工場は、「ヴァイタ」すなわち「ラテン語で『人生』という意味」が示すように「まさに人生が(それも意味のある人生が)つくり出されている」「成長企業」であり、世界が注目する「エルダリーソーシング(高齢者に仕事を任せること)」モデルとなっているようだ。
かつてスポーツ界では25歳を越えると“ベテラン”と呼ばれる時代もあった。ましてや30歳を越えて活躍する女性アスリートというのは皆無に近かった。今では35歳を越えてもなお世界の一線で活躍するアスリートも少なくない。
しかし人生80年の時代を迎え、競技の絶頂期を過ぎてからの人生はあまりに長く、引退後のセカンドキャリア問題は多くのアスリートにとって重くのしかかる。競技力を問わず(それによってメシを食っているいないにかかわらず)人生の大きな位置を占めていたものと距離を置くことになるからだ。なんとしてでも、別の人生を死ぬまで歩み続けなければならない。
こうなったら“90になって迎えが来たら、100まで待てと追い返せ。100になって迎えが来たら、耳が遠くて聞こえません”を目指そうじゃないか! と、潔くないかもしれないが50代のハナタレとしては訴えたいのである。
(板井 美浩)
出版元:ダイヤモンド社
(掲載日:2014-10-10)
タグ:人生 働く 組織
カテゴリ 人生
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