「共感」へのアプローチ 文化人類学の第一歩
渥美 一弥
身体運動の文化的側面
人が生活していく中で行う身体運動には、いくつかの側面がある。
一つには、生命を維持するための行為で、ひとまずここでは “自然(nature)的身体運動”と呼ぶ。もう一つには、人々が構成する“社会”の慣習が反映された中で成り立ってきた側面があって、ここではこれを “文化(culture)的身体運動”と呼ぶこととして話を進めたい。
たとえば、食物を摂取するという行為。これは、食物を咀嚼したり、嚥下したり、消化・吸収(これは運動というより活動か)するなど、“経口的に栄養物を摂取する”という行為そのもので、命を保つために必須の“自然的身体運動”であるといえよう。
しかしこの“食物摂取”という表現を“ご飯を食べる”という表現に変えてみるとどうだろう。何を、どのように(調理して)“ご飯”として食べるのか、さらにその“ご飯”をどうやって(行儀や作法)食べるのか、などということが加味されてくると、話はややこしくなる。それはもはや“生命維持”のためだけでない、なにか別の価値観が加わった“文化的身体運動”ということになり、挙句は、ご飯の食べ方が悪い(つまり、お行儀が悪い)と“親の躾がなっていない”などと、本人ばかりでなく親まで引っ張り出され罵倒される(“社会”の最小構成単位は“家庭(家族)”だからだ)顛末となる。
身体運動に現れるもの
では、“歩く”、“走る”、“跳ぶ”、“投げる”といった身体運動は、どちらに分類したらいいのだろう。
何かに驚いて飛び退く、あるいは危険から身を護るため走ったり跳んだりして逃げる。これは、自然的身体運動だろう。では、狩猟という行為はどうだろう。獲物を捜し歩き、走って追いかけ、石を投げて仕留める。これは原始の社会では命を支えていくための行為ではあるが、狩猟の背景には文化の気配が濃厚にある。次に、歩きながら種を蒔くなど農耕に関する身体運動、これはどうか。これは“culture”の訳そのものだから当然、文化的身体運動ということになるだろう。さらには、スポーツのような身体運動や、踊る・舞う・演ずるといった表現活動は、明らかに文化的身体運動であるといえよう。
このように考えると、人の身体運動はそのほとんどが文化的なものであって、そこには人それぞれの文化的背景が反映されているということになる。換言すれば、身体運動を見れば、その人となりがわかる、つまり“運動には人が出る”と考えることもできる気がするのである。
人が運動する姿には、それぞれの個性が凝縮されて具現化する。たくさんの言葉を重ねるより、走る姿を一度眺めるほうが、よほど深くその人のことがわかるような気がするのである。
このような身体運動の捉え方について、長いこと感覚的には気づいていたものの言葉では考察することができずにいたところ、大きなヒントを与えてくれる人が現れた。
捉え方が変わる
さて、今回は『「共感」へのアプローチ 文化人類学への第一歩』である。著者の渥美一弥は、同じ職場に身をおく文化人類学の教授だ。あ、また内輪の書籍を取り上げているとお咎めの声も聞かれそうだが、仕方ない。面白いのだ。
渥美は、「カナダ西部の美しい森と海岸線に沿って居住する集団(人類学では一般に『北西海岸先住民』と呼ばれる)の一つであるサーニッチの人々の文化復興運動と民族的アイデンティティの関係の研究」を専門とし、長いこと在野で研究を行ってきた文化人類学者である。私たち(いわゆる体育系の人間)とは明らかに異なる文化的背景をもって世の中を眺めている人である。
だから、渥美との会話は刺激に満ちている。
身体運動の捉え方について、感覚的には気づいていたものの言葉で考察することはできずにいたことに、様々な切り口で見るヒントを与えてくれるのである。己の肌感覚だけで分かっていた(と自己満足に浸るしかなかった)ことを“文(章)化”することで、人に伝えることができる醍醐味に気づかせてくれるのである。
さらに言えば、本書を読むと、自然(nature)と文化(culture)という用語が、実はもっと深い意味を持って考察されるべき言葉であったことがわかる。
“身体運動”とは何か、その捉え方が昨日までと変わること、実に愉快である。モノの考え方が変わると、世の中が違って見えるからだ。
“運動には人が出る”ように、“文章には人が出る”。一語一語、噛みしめるように丁寧に綴られる本書には、渥美の人となりが凝縮されているようだ。日頃の付き合いの中で、分かったような気になっていた勘違いを恥じ入るとともに、この人の本質が垣間見ることができたようで嬉しい(これも早とちりかもしれないが)と、本書を読んで思うのである。
(板井 美浩)
出版元:春風社
(掲載日:2016-06-10)
タグ:文化人類学
カテゴリ その他
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