駅伝がマラソンをダメにした
生島 淳
怪物番組
タイトルが刺激的だ。これが『マラソンは駅伝によってダメになった』ではいけない。多分、書店で何か面白い本はないかと探していた読者にとって、“駅伝”の文字は真っ先に目に飛び込んでくるし、好感も持つはずだ。「駅伝かぁ。最近すごいよなぁ。正月の名物になったもんなぁ。番組の視聴率もすごいんだろうなぁ。怪物番組だね、きっと」てなところで、次の“マラソンをダメにした”に目が移る。「そう言えば、最近日本のマラソンは女子はよいけど、男子はさっぱりだね。これは、駅伝のせいなのか? でも、駅伝ってだいたいマラソン選手を育てるのが目的でやっていたんじゃなかったっけ!? 変だな、面白そうだなぁ、この本買ってみようかぁ」となる。読者にわかりやすい言葉で、なおかつ適度に興味を刺激するタイトル。その点で、本書は先ず合格点。このほかに著者には「スポーツルールはなぜ不公平か」といったタイトル本もある。こういった著者のスポーツに対する独特の着眼点には感心しきりである。
さて、話をもとに戻そう。先ほど本を買うことにした読者の疑問の答えは?“駅伝って、マラソンの強化策?”なのか。本書は「ひと昔前、箱根駅伝は、極論すれば選手たちの息抜きのための大会だった」の一文から始まる。「1912年、日本はストックホルムで開かれた第五回オリンピックに初参加したが、マラソンを走った金栗四三氏は残念ながら棄権してしまった。そこで、駅伝という名前はまだなかったものの、ロードをリレーしていく競技を作って長距離の強化を図ろうとしたと伝えられている」。どうやら、読者の疑問は正解だったようだ。
メディアとスポーツ
タイトルにこだわるようだが、よいタイトルは読者の期待も裏切らない。では、なぜ駅伝はマラソンをダメにしつつあるのか。著者はその原因に“箱根中心のスケジュールが陸上競技界を席捲しつつある”ことを指摘する。「取材を進めていくと、箱根に出場するにはとても10月からの練習では間に合わないことがわかってくる。とにかくほとんどの学校が、1月2日と3日にチームのピークを持ってくるように調整を進める」そのため「駅伝に力を注いでいる学校はインカレを軽視する場合も多い」のが現状だ。つまり、トラック種目が軽視され始めた結果、マラソンに必要な基礎的な走力を身につける機会が減ってきていると言うのだ。「(マラソン日本最高記録保持者)高岡寿成は、(中略)箱根とは無縁の生活を送り、日本のトラックの第一人者(3000m、5000m、10000mの日本記録保持。2005年11月現在)となって、マラソンに転向してからマラソン日本最高記録をマークしている」の例や世界のトップマラソンランナーの経歴を挙げて、著者はトラック競技の重要性を説く。
しかし、現状ではまだまだ“箱根優位”は変わらない。そこには巨大なメディアが関与しているからである。「そして最近は、箱根を走ることがゴールだと考える選手も増えてきた。それだけテレビ中継の影響は大きいということである」。それはそうだろう。正月に真剣勝負である。学生(アマチュア)スポーツである。波乱万丈もある。涙あり、笑いあり、人情もある。これほどの日本人の心をくすぐる最良ソフトをメディアがほっておくわけがない。さらに、大変な広告媒体でもある。視聴者はひたすら選手の走る姿を観る。だから、出場校には絶好の宣伝の場となる。高校生も箱根を走りたがる。かくして、日本のお家芸と言われたマラソンには誰も見向きもしなくなる!? であろうか。来年は大阪で世界陸上が、2008年は北京オリンピックだ。しかし、世界陸上やオリンピック種目には駅伝はない。世界のトップにいてこそ、駅伝の魅力も増すというものである。駅伝の魅力は理解しつつも、井の中の蛙にならぬようにしてもらいたい、と著者も思っているに違いない。
(久米 秀作)
出版元:光文社
(掲載日:2006-03-10)
タグ:マラソン 駅伝
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:駅伝がマラソンをダメにした
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:駅伝がマラソンをダメにした
e-hon
アマチュアスポーツも金次第
生島 淳
お金をめぐって
「人生に必要なものは、勇気と想像力、それとほんの少しのお金だ」とはチャールズ・チャップリンの「ライムライト」の中での言葉。「金は必要だが重要ではない」という人もいれば、「金で買えないものはない」という人もいる。金にはそれを扱う人間を映し出す力がある。
本書のタイトルは「アマチュアスポーツも金次第」である。アマチュアスポーツと金の関係にネガティブな印象を与える言い回しだ。西武の裏金問題そして高校特待生問題で、アマチュア野球界が揺れている時期に合わせてキャッチーなコピーになるような意図があったのだろう。ただ、これは短編集の中から一編の題名をそのまま本のタイトルにしたような格好で疑問が残る。その実、松坂のポスティングシステムやサッカークラブ経営についての話が後半部分を占めている。しかもアマチュアスポーツにおける金の話も、断罪されるべき不透明な金と、強化費としての金、あるいはビジネスとしての金の動きが同列で扱われている印象がある。
西武の裏金問題と野球特待生問題にしても、本来、両者は別問題として議論されるべきものだろう。それが、金儲けのためにあざとく両者をつなげていた連中が存在するおかげで、同列に扱わざるを得ない事態になってしまった。それにしても朝日新聞や毎日新聞のトップの方々を最高顧問に戴く日本高等学校野球連盟が、特待生制度について当初ヒステリックとも言える対応に終始したのは、正直驚きを禁じ得なかった。いや、もちろん憲章に背くルール違反をしていたことは確かではあるのだが。現在は、10月初旬までに提言をまとめるべく、第三者委員による議論が行われている。この態度を軟化させた高野連の譲歩により、他の競技にも好影響を与えるだけのクリーンな基準づくりができれば素晴らしいことだ。
健全な流れを
とにかくアマチュアスポーツといえどもお金はかかるのだ。競技レベルが上がれば上がるだけその金額は跳ね上がる。本書でも再三述べられているとおり、これは事実だ。しかし、すべてをひとまとめにして「金次第」と切って捨てることに今さら意味はない。スポーツビジネスとはスポーツという舞台でどのようにお金が流れているのかを分析し、またどのようにお金を生み出すことができるのかを論じるだけのものではないはずだ。する側よし、観る側よし、支える側よし、スポーツ界ひいては世の中よしという健全なお金の流れをつくる学問でもあるはずなのだ。優秀な指導者にはブローカーのような真似をしなくても正当な報酬が渡り、自らの才能によってお金を生み出すことのできるスポーツ選手には優良で健全なビジネス感覚を身につけさせることも、その分野の果たすべき役割ではないだろうか。
プロとアマチュアのつながりも、プロ選手が将来を夢見る子どもたちに指導するイベントなど、素晴らしい試みも数多く行われている。金の流れの整備が終われば、光が当たるべき側のプロとアマチュアの関係がよりよく発展することを願う。5月末に、「侍ハードラー」為末大選手が丸の内のオフィス街で行った陸上イベントは、素晴らしいお金の使い方ではないか。あの種のイベントにより、興行側が投資以上の儲けを得て、さらに面白いイベントや新しい試みにつなげられるのであれば素晴らしいことだと思う。そのような金は、やはり違って見える気がする。
(山根 太治)
出版元:朝日新聞社
(掲載日:2007-09-10)
タグ:プロ アマチュア お金
カテゴリ その他
CiNii Booksで検索:アマチュアスポーツも金次第
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:アマチュアスポーツも金次第
e-hon
箱根駅伝
生島 淳
東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)は、例年1月2日と翌3日に行われる、大学駅伝の関東チャンピオンを決める大会である。テレビ中継により知名度が急上昇し、長距離走の甲子園大会のような国民的大イベントとなり、毎年楽しみにしている方も多いだろう。この本はそんな人に格好の本だ。
箱根駅伝の歴史、有力校の監督インタビューや箱根を支えている全国の取り組みまでさまざまな視点で書かれている。中でもレースの背後にある区間配置の戦術が各大学・監督だけでなく、時代の流れに沿って変化しているという話は興味深い。“山の神、柏原選手”に続く長距離界の未来を担うエースが、今年はどこに現れるだろうか。この本を片手に今から予習しておけば、数倍箱根を楽しめるようになるだろう。
(服部 紗都子)
出版元:幻冬舎
(掲載日:2013-04-26)
タグ:駅伝
カテゴリ スポーツライティング
CiNii Booksで検索:箱根駅伝
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:箱根駅伝
e-hon
ウサイン・ボルト自伝
ウサイン・ボルト 生島 淳
よい本とは
私は最近、本の良し悪しについて感じたことがある。わかりやすいことや、共感できることが書いてある本は、実は意味がないのではないか。自分が漠然と思っていたことが言葉になっていて、「そうそう、それが言いたかった」というのは確かにうれしい。しかし、自分の理解が及ばないことや思いつきもしなかったことが書いてある本を読んだ方が、たとえそれを理解できなくても、自分の肥やしになり世界が広がるきっかけになるかもしれない。だから、共感できない・理解できない本をよい本というべきなのではないか。
本書は、盛りに盛った自慢話である。それに、ずいぶんとあけすけだ。こう感じるのは、私が謙虚さと節度を美徳とする平凡な日本人だからかもしれない(ジャマイカでは普通のことなのだろうか?)。しかし、それでいて嫌味がなく、読後感は不思議と爽やかである。
印象に残るシーン
ボルトといえば、非常に印象に残っているシーンがある。
何の大会のテレビ中継だったか忘れてしまったが、とにかくオリンピックか世界陸上の4×100mリレーの決勝。
レースのスタート直前、第3コーナー上で待機している3走のボルトの様子がアップで写っている。「On your marks」のコール後に観客に静かにするよう促す「シィーッ」という効果音(?)が会場のスピーカーから流れる。ボルトは微笑みを浮かべながら、それに合わせて人差し指を唇に当て、次いで両掌を下に向け軽く上下させ「静かに静かに」というジェスチャーをしていた。
決してふざけているわけではない。リラックスというよりも、本当に無邪気に決勝レースを楽しんでいるように見えた。そのおどけた姿を見て、私は、この人には誰も敵わない、と思った。
強さの秘密
どうやらボルトの強さの秘密は強烈な闘争心と自負心にあるらしい。
まず闘争心。強敵や敗北がボルトの心に火をつけ、大きなレースになればなるほど燃える。
私も一応陸上競技者であったのだが、ボルトのように「相手をやっつけてやる」という気持ちでレースに臨んだことは一度もなかった。むしろ逆に、他の選手のことは意識せずに自分の最高の走りをして自己ベストを狙うことだけに集中していた。
勝ちたい気持ちは当然あるのだが、よい記録を出せば順位は後からついてくると考えるようにしていた。他の選手のことを気にすると集中できなくなってしまうのだ。これは私の取り組みの甘さと気持ちの弱さの表れなのだろう。
が、ボルトは違う。「タイムを狙うことは考えない」「最強の選手に勝たなければ面白くない」「記録はトッピング、金メダルはケーキそのもの」というように、勝つことを最大の目標としている。「おいブレーク、こんなことは2度と起きないからな」2012年のジャマイカ選手権で、チームメイトで後輩のヨハン・ブレークに優勝をさらわれたときに、ボルトがブレーク本人に宣戦布告した言葉だ。
なんという負けず嫌いなのだろう。
そして自負心。2009年の自動車事故で九死に一生を得たボルトが感じたのは、神からのメッセージだった。「俺が生き残ったのは、地球上で最速の男として選ばれたというお告げであり、事故は上界からのメッセージだと受け取った。勝手な考えかもしれないが、神は最速の男の座に就くのは俺だと考えているようだ」
また、別のページではこんなことも書いている。ドーピング問題に対しての考えだ。「だいたいドーピングというのは、競争できるだけの身体的能力を欠いている連中がするもので、俺はそんな問題は抱えていなかった」
普通、こんなこと言えない(これもジャマイカでは普通?)。
世界が広がる本
自分の才能と努力に絶対の自信を持ち、最高の舞台での強敵との勝負を楽しんでいるからこそ、レース前のおどけたしぐささえも観客には愛嬌と映るのだろうか。 次元が違いすぎて共感できることはほとんどないが、トップアスリートの精神状態に触れることができて、世界が広がる本だと思う。ただ、もし日本人がボルトの流儀を真似をしたら総スカンを喰うことは間違いないだろうが…。
(尾原 陽介)
出版元:集英社インターナショナル
(掲載日:2016-04-10)
タグ:陸上競技 自伝
カテゴリ 人生
CiNii Booksで検索:ウサイン・ボルト自伝
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:ウサイン・ボルト自伝
e-hon
すず
千葉 すず 生島 淳 藤田 孝夫
2000年6月のCASによる裁定が下された瞬間の前後に広がる千葉さんの物語を紡ぐのはライターの生島淳氏、そして彼女の10年を撮り続けた藤田孝夫氏。「一生に一度、一冊だけでいい」。千葉さんは「あとがき」でそう語り、まるでこれまでの人生に決裂するかのように皆に感謝する。──せつないものがこみ上げる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:新潮社
(掲載日:2001-11-10)
タグ:人生
カテゴリ スポーツライティング
CiNii Booksで検索:すず
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:すず
e-hon