マッスルインバランス改善の為の機能的運動療法ガイドブック
荒木 茂
動作の修正は難しい
空手にはさまざまな立ち方がある。この立つという動作は思いのほか難しい。安定しすぎても次の動作に移りにくい。外力を受け流したり身体に力を通したりするにもコツがいる。空手のその場突きでは、腰幅に立った姿勢のまま股関節を中心に生み出した力を地面反力も加えながら拳に伝える動きとなるが、この立位で力を一点に集める動作ですら数多くの要因に分解することができる。これが足を前後に開いた前屈立ちや後屈立ち、横に開いた騎馬立ちなどになるとその要素はさらに増えることになる。
立つ、また立った姿勢で技を出すという基本中の基本動作においてすら、非効率で望ましくない動作になったり、最悪の場合は傷害の原因になるような動きのエラーも起こり得る。ここからさまざまな方向に移動しながら技を出すということになれば身体操作の要素はさらに増える。これは武道のみならず各スポーツの特性を表す動作でも同様だ。その中で起こり得るエラーは、口頭で伝えるだけでは解決できないことや頭ではわかっていても思い通りにならないことが多い。
このような場合、問題の原因となる動きを見極め、動作や意識を修正する具体的な手法が必要になる。アスレティックトレーナー的な視点で空手に取り組んでいる自分自身の動作修正においても、稽古中の子ども達への指導においてもこれが結構悩ましい。身体のナカミをわかってくれていれば伝えやすいのに、と感じることも多い。いずれにせよ、このように動作を望ましいものにする必要性は、武道やスポーツ動作のみならず、日常生活における何気ない動作にも共通する。
評価と修正のわかりやすい紹介
本書では、そのような動作パターンの問題要素を評価し修正するアイディアがふんだんに紹介されている。正しい動きだけでなく起こりやすいエラー動作も含めた写真を数多く使って解説されているので大変わかりやすくなっている。「標準化され再現性がある」基本的な運動療法の本質理解や再確認、そして新たな気づきを得るためにありがたい存在となるだろう。本書で紹介されている機能的運動療法の到達点は、「筋力の強化というより正しい動作パターンの強化(筋トレよりも脳トレ)」をした上で対象者が自己管理法を身につけることであり、それには「運動療法を適切に行う意欲と理解力がある」ことが求められると指摘されている。ここでも患者側が身体のナカミを理解していれば効果が得やすくなるだろうと感じる部分だ。
種々の体幹の安定化トレーニングも紹介されている。トレーニング関連セミナーでわざわざ体幹トレーニングだけを抜き出して行う必要はないといった発言を聞いたことがある。普通のトレーニングの中で十分使うので、それだけを引き出す必要はないといった立場の発言だったが、私はこれには賛同しかねる。確かに儀式的に行うものでもないし、全ての動きの中で無意識に安定化できていることが望ましいということに異論はない。それができている人にはそれでいい。しかし実際に腰痛を引き起こすような場合には、筋力バランスや動きの中で動員される順序のエラー、それに伴う関節可動性の偏りなどがあるわけで、それを評価し問題を抽出し修正する必要があると考えるからだ。
もちろん要素別に解決できたからといって目的とする動作に反映されなければ意味がないことではある。「標準化され再現性がある」と言っても、本書に掲載されている運動を片っぱしから実施すれば全ての動作がよくなるわけではない。適切に抽出した問題点を修正できるものを的確に選び、時に改変しながら指導する柔軟性も必要なのだ。これには指導する側の身体のナカミの理解度も試される。空手の動作における動力源としての体幹や股関節周りを見直すにつれ、今更ながら気づいた新たな発見に赤面することもなお多い私ではあるが。
これからの可能性
空手の基本稽古や形稽古によって得られる身体感覚は数多い。同時にそこにさまざまな動作修正トレーニングや、日常生活動作や他のスポーツ動作とコネクトするようなトレーニングが加われば、子ども達のカラダの成長への寄与がさらに大きくなると考えている。また子どもの頃から自分たちの身体のナカミ(解剖生理)を知る機会を増やせれば、より健康的な生活の基礎を早い段階でつくることもできるだろう。武道とアスレティックトレーナー領域の融合だ。もちろんどの少年期スポーツにもアスレティックトレーナーの介在がよりよい身体教育につながるはずであるが、私の場合は密かな老後の取り組みとして空手を軸に実践したいと考えている。
(山根 太治)
出版元:運動と医学の出版社
(掲載日:2021-05-10)
タグ:運動療法
カテゴリ スポーツ医科学
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