ラグビー日本代表を変えた「心の鍛え方」
荒木 香織
変化に不可欠なもの
触媒とは、それ自身は変化をしないが、他の物質の化学反応のなかだちとなって、反応の速度を速めたり遅らせたりする物質と定義される。つまり必要な変化を必要なタイミングで起こすための引き金になる存在だ。今のトップチームを組織するスタッフは多種多様になり、その組閣はチーム運営に多大な影響をもたらす。選手とスタッフの正しい巡り合わせは、強いチームづくりに不可欠な条件だ。
2015ラグビーワールドカップで強烈なインパクトを残した日本代表チームはまぎれもなくエディ・ジョーンズHCのチームだった。そして猛将の描く「ジグゾーパズル」を完成するための「ピース」となり得る人々が集まり、身を削りながら働いて、主人公である選手たちを支えたのだ。本書の著者である荒木香織氏も、メンタルコーチという立場で極めて有益な触媒作用をチームにもたらし、選手たちの中に望ましい変化をもたらした。五郎丸選手のプレ・パフォーマンス・ルーティーンとの絡みが注目されがちだが、その作用は実に多岐にわたることが伺われる。
本書で荒木氏はまずこう宣言している。「私は、スポーツ心理学をきちんと学問的に学び、研究し、そこから導き出され、確立された理論を体系立てて理解して」おり、世に蔓延する科学的理論に基づかない自己啓発やハウツーとは一線を画しているのだと。根拠のない経験や感覚でメンタルコーチングは行えないと言い切っているのだ。そもそも「心理学」という言葉が独り歩きして、人を安易にカテゴライズしてわかったような気にさせたり、簡単に人を変えられるといったハウツー本が目に余るのも事実だ。人の心、脳の働きはまだまだ未知の部分が多く、現状わかっていることだけが全てではないが、「人々のスポーツや運動の場面における行動を心理学的側面から研究」し、「様々な実験を行い、統計をとり、ときにはコーチやアスリートにインタビューをして、パフォーマンスと心理的傾向の関係などについて検証する」ことを今なお続け、常に世界の最新の情報を得ることにより、新しい手法を創造していく作業も怠っていない」と声を大にして言い切れる人がどれだけ存在するかは疑問である。
実は10年ほど前、社会人ラグビーのトレーナーを務めていた私はチームへの心理学の専門家導入に失敗した経験がある。セミナーや心理テストをし、カウンセリングを行うなど、心理学の専門家に定期的に介入してもらったが、選手自身の関心も低く、私自身も無理だと早々に諦めてしまった。トレーナーの立場からアプローチすればいいとタカをくくっていたのかもしれない。選手が自分のことを見つめるための個人日誌も、結局はうまくいかなかった。そのときのチームにおいて選手の自立や自律を高める必要があるとわかっていたにもかかわらずだ。その難しさに毅然と立ち向かえなかった愚かな自分を棚上げして言えることは、もっと若い世代の育成中に様々なベースを作っていく重要性を痛感したことだ。
大きなチャンス
今回のラグビーW杯で彼女の存在が注目されたことは大きなチャンスだ。ラグビーの世界では、トップチームを中心ではあるがS&Cの存在が当たり前となり、アスレティックトレーナーが普及し、栄養士が関わり、分析担当が配備されるようになるなど、スポーツ科学のそれぞれのスペシャリストがチームをサポートする形が整備されてきた。今回のインパクトにより、スポーツ心理学の専門家が関わる場面も増えてほしいものだ。同時にこれらのサポートが、どのような形であれユース世代に普及することを強く願う。
たとえば高校世代で各種トレーニングの意義や望ましい身体の使い方を意識する。戦術についての理解を深め、創造することができる。日々食べるものを自己管理する。傷害について理解して予防対策を取り、受傷した場合もそれを克服した上で復帰する。物事の捉え方や考え方のスキルを身につける。そしてこれらを言われたことを鵜呑みにして行うのではなく、自らの考えと判断のもとに望ましい行動に移すことができれば、ラグビー選手としてのみならず、人としての成長に非常に効果的な触媒になることが期待できるのではないだろうか。これは結果的にトップの代表チームの底上げにつながるはずだ。
それぞれのスペシャリストを各チームに配備するのはまだまだ現実的でないが、高校レベルでも優秀な指導者の方々はこういったことを意識して選手の自主性を高めることに成功しているのではないかと思う。そうして成長してきた選手が、若いときの成功に驕ることなく、レベルが上がるに伴いその知見にさらに磨きをかけるべく自らを鍛錬することができれば、素晴らしい人材育成になるように思う。そのためには「心を鍛える」ことが不可欠だ。世界と戦える競技として発展することと同時に、どんなレベルであれ人を心身ともに逞しく成長させる素晴らしいスポーツとして、ラグビーが日本文化にさらに広く普及することを願う。
(山根 太治)
出版元:講談社
(掲載日:2016-05-10)
タグ:ラグビー メンタル
カテゴリ メンタル
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リーダーシップを鍛える ラグビー日本代表「躍進」の原動力
荒木 香織
本書の著者は、2015年ラグビーW杯で南アフリカを破った元ラグビー日本代表チーム・ヘッドコーチであるエディー・ジョーンズ氏(以下 エディーHC)の右腕としてメンタルコーチを務めた荒木香織氏です。
全体の構成として、1章・2章はラグビー日本代表の軌跡と実際の経験談を踏まえてリーダーシップのあり方を説かれています。この中には、実際の選手とのやりとりや、4年というプロセスを経た経験談が含まれており、この頃の日本代表チームの様子をリアルに感じることができます。
また、3章・4章・5章については著者の考えるリーダーシップの方法論やリーダーシップのトレーニング方法について知ることができます。ここでは、数多くの企業やスポーツチーム等のコンサルタントとして経験している著者だからこその言葉の深みがあります。
著者は、本書の中で今日の日本において組織の課題は「リーダーシップの欠如」とし、かつての日本のようにカリスマ性によるリーダーシップでは企業の生産性は下がるデータも示しています。
では、リーダーとして求められる成果とは、フォロワー(従業員・部下)がリーダーの予想を超えた結果を出すことです(事実、南アフリカに逆転したトライを生む前のスクラム前に発せられたエディーHCの指示は、キックで3点を取り同点にする事でした)。フォロワーの成果を最大限に引き出すのが、良いリーダーです。また、スポーツチームもビジネスにおいても勝利という結果に向かって進むことに変わりはありません。組織という点では、会社もスポーツチームも同一です。
そこで、本書の3章・4章・5章では、実際のリーダーシップの見本例をケーススタディとして学ぶことができます。
また、リーダーシップを学ぶ上で必要なマインドセットの捉え方と、考え方やレジリエンスという逆境でも屈しないスキルの考え方を学ぶことができます。
日本は、かつて高度経済成長により発展した先進国です。先人の努力に敬意を表しつつも、時代の流れの変化により、かつての日本型組織では、これからのグローバル化に遅れを取ります。今後もますます変化していくであろう時代に相応しいリーダーの誕生が待ち遠しいです。
著者は、研究者として教育者としてコンサルタントとして、様々な顔をお持ちです。本書は、エディーHCというリーダーを招いて世界で結果を残した最たる例です。ぜひ、リーダーは本書を通して部下に還元してみてはいかがでしょうか?
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表紙画像用/
41nwKxlMUOL
(中地 圭太)
出版元:講談社
(掲載日:2020-09-28)
タグ:リーダーシップ コーチング
カテゴリ 指導
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