オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり
菊地 高弘
「野球留学生」の実態
高校野球界において、野球部でプレーすることを目的に、所在地外の地域から越境入学する生徒のことを「野球留学生」と呼ぶ。揶揄的に「ガイジン部隊」と呼ぶ者もいる。甲子園出場校のメンバーに県外出身者が多いと、地元民でさえ冷ややかな視線や心ない声を浴びせることもある。「県外から集めているのだから勝って当然」と。しかし、当の生徒たちはどのような日々を過ごしているのか。地元の高校生と何が違うのか。その実態を伝えることが、本書の目的である。
私自身は、地域の代表(高校野球に限らず)とは何か、その明確な考えは定まっていない。「ガイジン部隊」を否定したくなる気持ちもわかる。だって、地元の選手が出られなくなってしまうではないか。
「高校数の多い大阪で甲子園に行くより、地方の方が確率が高い」「福岡は甲子園出場校が分散していて、どうしても甲子園に行きたい子は、県外の甲子園に行く確率の高い高校に行く」と本書にある。腕に覚えのある選手が、甲子園に出やすそうという理由で地方の高校に入学することへの、素朴な感情としての拒否反応が生まれてしまう。本来、都道府県の代表とは、それぞれの地域内で技を競い合って決めるものだろう。そして、たとえ全国大会で初戦敗退しようとも、そこでプレーするのは地元の選手であるべきである。代表になるために他の地域に移ったり、逆に他の地域から補強したりするのでは、代表の意味がないのではないか。
覚悟が必要
もちろん、これは一面的な見方に過ぎないことはわかっている。完全な思い込みだ。甲子園を目指すということは、選手本人にとってものすごく貴重な経験であることは間違いない。さらに野球留学によって、慣れない土地で夢をかなえるために仲間とともに奮闘するという経験は、かけがえのない財産になると思う。だが、選手本人も受け入れる側も相当な覚悟が必要である。地元にいい子がいないから県外から補強している、とか、甲子園に出やすいから地方に来た、というイメージだけで、それを簡単に批判したり揶揄すべきではないことは十分に承知しているつもりだ。
メリットにも注目
本書は野球留学の関係者にインタビューをして書かれたものなので、肯定的・好意的な意見がほとんどだ。その中でもなるほど、と思ったのは島根県の取り組みである。島根県は「しまね留学」と銘打ち、県を挙げて留学生を呼び込もうとしている。人口減少により子どもが少なくなって、公立学校が廃校になれば子どもを持つ家族はその地域から出て行ってしまい、ますます人口が減少する。その対策として島根県の公立高校では積極的に県外からの生徒を募集している。
メリットとして、次の3 つが挙げられている。①「関係人口」が増える、②一時的にせよ人口が増え地域経済が回る、③島根の子も育つ、である。島根を第二の故郷として特別な気持ちを持ってもらえば、島根に戻ってくる人もいるかもしれないし、島根の子どもたちにとっても他の地域から来た子との交流によって世界が広がるのだ。
ラグビーワールドカップでは、多くの海外出身選手が「日本代表」として活躍し、日本中が熱狂した。それはよくて、なぜ高校野球は県外出身者ですらダメなのか。確かに説明がつかない。ただ高校野球の場合は、その後の人生の方が長いことを忘れてはならないと思う。私は、高校生までの部活動は、あくまでも教育の一環としての課外活動であり、それは勉学や遊びの一つだと考えている。その課外活動のために親元を離れてまで遠くの学校に通うというのはやりすぎだと感じる。たまたまその高校に集まったメンバーで精いっぱいやれば、それでいいじゃないか。しかし、野球留学をきっかけに彼らの世界が広がるのなら、それも悪いものでもないのかもしれない。現に本書に描かれている高校生たちは、それによって日々成長しているではないか。
最後にちょっと不満を。本書は「野球留学生を嫌う地域住民は、もっと誇りに思うべきだ。全国から選ばれる学校が、自分たちが住む町にあるのだから。」と結ばれている。もともと野球留学生側の視点で書かれている本でもあるし、人口減少の問題からも、この結論は納得できる。だがこの一節によって、留学生側(=選ぶ側)の傲慢さを感じてしまった。
(尾原 陽介)
出版元:インプレス
(掲載日:2021-08-10)
タグ:野球
カテゴリ スポーツライティング
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オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり
菊地 高弘
野球というスポーツで話題なのは大谷翔平選手でしょう。ドジャーズに移籍して今まで以上の活躍が期待され、日本のみならずアメリカで人々から称賛されています。お国柄といいますか、アメリカでは人種や出身地にかかわらず活躍に見合った評価を受けます。MLBで活躍した外国人選手は今の時代でも「助っ人」と呼ぶ人もいて、正式なチームの一員であるにもかかわらず一線が引かれることもあります。
アマチュア野球においても他府県から入学した選手たちは「ガイジン部隊」と呼ばれることもあります。本書は、高校野球でもしばしば問題となる他府県からの野球留学生とその学校のドキュメントが描かれた本です。野球留学を擁護するでもなく、そして県外の選手を集めたチームや高校野球の現状を批判するでもなく、淡々と事実だけが書かれています。しかも表面上のきれいごとだけではなく、選手や学校側の現実にも踏み込まれていますので偏りは感じられません。
読者の判断に委ねるためにあえて筆者の主観を伏せているのではないのかと思うくらい、事実のみが書かれている、というのが私個人の感想です。他のスポーツに目を向けているとそれぞれのスポーツをよりよい環境でやりたいために他府県に行く学生を何人か見てきましたが、彼らは「ガイジン」といわれることはありません。高校野球だけはこの問題が話題になるのは、甲子園の大会が郷土というものを背負わされているからにほかなりません。高校生のクラブ活動とは違った目線で見られているからだと思います。そしてそれが「純粋」であったり「神聖」という価値がひっついてくると話は余計にややこしくなってくるのだと思います。大谷選手やイチロー選手らがMLBで活躍すると、チームや試合結果そっちのけで彼らのプレーばかりが報道で取り上げられるのは、「ガイジン部隊」問題の裏返しなんじゃないかと思っています。
私の主観はそれくらいにしておいて、読者がそれぞれの感想を持つにはほどよいバランスの情報が本書には記されています。そしてもう一つ、本書の大きな特徴はリアルさだと思います。巨人の坂本選手、ドジャーズの大谷選手、元阪神の北条選手、今阪神で売り出し中の野口選手や川原選手など野球好きなら聞いたことがある名前が頻繁に登場します。そして彼らの高校時代の活躍にも触れられていますので、彼らのプレーを思い出しながら裏舞台をこっそりとのぞくワクワク感もあります。数年前に多くの野球留学生で甲子園に出た秀岳館の元監督鍛治舎功さん(現県立岐阜商監督)の核心を突いたお話も当事者ならでは。
「高校野球はこうあるべき」という議論をする前に当事者の実際のところを見ておく必要があります。
(辻田 浩志)
出版元:インプレス
(掲載日:2024-03-08)
タグ:高校野球
カテゴリ スポーツライティング
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