カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち
豊福 晋
原石の証明
“カンプノウ”とは、スペインの名門サッカーチーム FCバルセロナ(愛称バルサ)のホームスタジアムのことである。そして“メッシ”とは、リオネル・メッシ選手。バロンドール(欧州最優秀選手賞)を五度も獲得した、史上最高と謳われるバルサのスパースターである。そんなことは言われるまでもない、という方も多いと思う。それはそうだろう。サッカーはワールドカップのときくらいしか見ないという私でも名前を知っているくらいだから。
カンプノウでプレーするということは、バルサのトップチームの一員となることであり、サッカー少年たちの夢である。スペインではサッカーチームの下部組織をカンテラ(cantera)と呼ぶ。直訳すると石切り場。カンプノウへ辿り着くためには、その採石場で、自分がダイヤの原石であることを証明し続けなければならない。
バルサのカンテラは昔から数多くの素晴らしいサッカー選手を輩出していることで有名で、世界的に高い評価を得ているそうだ。バルサの特徴は、スカウティングに力を入れ、世界中から多くの才能ある選手を確保するとともに、育成した選手を積極的にトップチームに昇格させ、試合に起用することらしい。
しかし、ここで言う育成とは私たちがイメージするものとは大きく違うようだ。競争する環境を与え、そこから抜きん出た才能を持つ選手を選り分けていくというもので、当然、淘汰されていく者のほうが多い。
淘汰された者のその後
本書は一枚の古い写真から始まる。13歳のメッシ少年がチームメイトとともに写っている写真だ。メッシは1987年生まれ、13歳でバルサに入団したとのことなので、入団したての2000年ごろの写真だろう。筆者の頭にある思いがよぎる。メッシは大成功を収めたが、その他の少年たちは今どうなっているのだろう。彼らの現在地を知りたい。
メッシを超える少年と言われたディオン・メンディは田舎のボクシングジムでコーチをしている。カンテラでの過度なプレッシャーに押し潰されて鬱病にかかってしまったフェラン・ビラは、立ち直って、下部リーグでプレーしながら実家の肉屋で働いている。自然科学博物館の動物飼育員ロジェールと公立小学校の給食世話係ロベールの兄弟は、カタルーニャ独立運動に参加している。他にも電気工、下部チームの指導者、警察の特殊部隊、害虫駆除業者、ビールの営業など、実に様々な仕事に就いて、必死に自分の人生を生きている。
サッカー好きの少年の元に、ある日憧れのバルサのスカウトから「テストを受けてみないか?」と声がかかる。晴れてテストに合格し、意気揚々とカンテラに乗り込む。しかし現実は残酷だ。地元では敵なしでも、世界中から才能を持った少年が集まるバルサのカンテラでは普通の選手に過ぎないのだ。そこから、重圧に耐えて才能と努力と運でトップチームへの階段を上り続けなければならない。足踏みしたら最後、カンプノウへの道は閉ざされる。
バルサのカンテラの選手が、一部でプレーできるレベルになる確率は10%程度だそうだ。その中からキャリア後を保証できるほどの高給取りになれる選手はほんの一握りだ。
大人にできることは
マシア(選手寮)のカルラス・フォルゲーラ寮長は、長年にわたりクラブの少年たちに「人生はバルサでは終わらん」と教えてきた。この教えのおかげか、本書に登場するメッシの元チームメイトたちは皆、力強く前を向いて現実と戦っている。バルサに対する恨み言も(少なくとも本書の中では)言っていないし、かつてメッシとプレーしたことがある、ということにも誇りを持っていると語る。これはやはり、バルサの育成方法が優れているということなのだろうか。
子どもたちには「メッシのようになりたい」という夢は必要だ。そのほうが断然楽しい。一方で、本書では「誰もがメッシになれるわけじゃない」という言葉がたびたび出てくる。ディオンは言った。「それは辛い現実かもしれない。でもな、アミーゴ。だからこそ人生ってのはおもしれえんだ」
夢を諦めるなというのはたやすい。しかし、我々大人が子供たちにすべきことは、夢を追いかける姿を見守ると同時に、それが叶わなかったときに現実を受け入れられる人間になっているよう、教育することだ。
それにはまず、親や指導者が現実を直視しなければならない。
(尾原 陽介)
出版元:洋泉社
(掲載日:2017-04-10)
タグ:育成 サッカー
カテゴリ スポーツライティング
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