魅惑の生体物質をめぐる光と影 ホルモン全史
R.H.エプスタイン 坪井 貴司
「生体の外部や内部に起こった情報に対応し、体内において特定の器官で合成・分泌され、血液など体液を通して体内を循環し、別の決まった細胞でその効果を発揮する生理活性物質を指す」。本書を読むにあたって「ホルモン」のことをあまり知らなかったので調べてみたら、このような解説がありました。わかったようなわからないようなというのが正直な感想です。そして読み終えて一番最初に思ったのは、ホルモンという物質の正体がいまだにハッキリとわからないところにこそ、本書の鍵があるのだということです。
すべての科学は、わからないものを理解するのが目的だともいえます。そのプロセスは多くの成功と失敗の上に成り立ちます。現在というタイミングで知りえた知識を、さも当たり前のように享受していてもそれらは先人の紆余曲折があってこその話で、忘れられがちな科学の道程を本書は示してくれます。
本書はホルモンについての解説本ではなく、研究者のドラマが描かれています。ホルモンについて学術的な内容もありますが、主役は研究者とそれを取り巻く人間であるところが本書の特徴といえます。
「犯罪」「若返り」「出産」「成長」「ジェンダー」などの大きな問題に関わる物質を研究するにあたり期待が膨らむ一方で、予期しえなかったリスクもあり、科学というものが持つ有益性と危険性も表裏一体のものとして物語は進みます。本書の帯には「欲望を支配する」という文言がありますが、人々の期待の裏側には欲望が見え隠れします。純粋な科学の物語ではなく、そこに欲望という要素が加わると一気に人間臭さが加わります。
ホルモンの歴史は決して過去の問題とはいえず、とりわけジェンダーの問題は最近になってから大きく取り上げられる機会が増えつつあります。ホルモン研究の歴史はまだまだ続編がありそうです。それは未知なるものに翻弄される物語なのかもしれません。
(辻田 浩志)
出版元:化学同人
(掲載日:2023-05-02)
タグ:ホルモン 研究史
カテゴリ 科学
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