スポーツ・コーチング学 指導理念からフィジカルトレーニングまで
Rainer Martens 大森 俊夫 山田 茂
世の中には様々な指導者がいる。厳しい指導者・優しい指導者、熱血な指導者・冷静な指導者、指導対象とする年齢や性別・カテゴリーの違い…よい指導者の条件とはなんだろうか。同じ指導者でも「あの人はいい指導者だ」「あの人はダメだ」と周囲の意見が分かれるのはなぜだろうか。
本書の著者はレイナー・マートン。元イリノイ大学教授。30年以上にわたりコーチングを実践・研究している。
目次を辿ると、指導の哲学、選手とのコミュニケーション、練習計画のたて方からフィジカルトレーニングや栄養学まで網羅し、またチームや人間関係のマネジメントまで解説されている。
本書読んで感じた一番のパラダイムシフト(認識の転換)は「指導とは一方通行ではない」ということだ。日本のスポーツ現場では指導者と選手が主・従の関係になりやすい。とくに日本の部活動では教師・生徒という関係が前提にあるため、この関係は顕著で容易に強化されやすく、指導者から選手への指示は絶対的なものになりやすい。
本書では、コーチングは指導者が自らの指導哲学を持ちながらも選手のパーソナリティを深く理解し、それに合わせた指導を行うべきであると繰り返し述べられている。どうやって指示をするかではなく、どうやって相手を理解するか、そのための知識と手法を学ぶことができる。
また、本書では理解を深めるためにコーチングの現場で起きるさまざまな事例が提示されている。その1つを紹介しよう。
ある高校の女子バレーボールチームにBeckyという選手がいた。彼女は優秀な選手であったが背が低く、いつも後衛のポジションでプレーしていた。しかし、彼女は一度でいいから前衛でプレーしたいと思っていて、チームメイトもみなその気持ちを知っていた。
チームはコーチに対し「シリーズ最後の試合で一定以上の得点を上げたら、Beckyを前衛でプレーさせてほしい」という約束を交わし、見事条件を達成した。コーチはパフォーマンスとしてはベストではないチーム編成にためらったが、約束通りBeckyを前衛として起用した。
その試合は勝利することができた。Beckyが前衛でプレーし続けられるために、チーム全員が努力して高いパフォーマンスを発揮したからだ。選手も観客も熱狂し、選手たちの顔は喜びで輝いていた。
コーチが選手たちに協調し、勝利よりも重要な目的のために行動した事例である。
コーチングを学ぶこと、コーチングの手法が普及することは指導者個人のスキル向上だけでなく、日本全体のスポーツレベルの向上に大きく寄与するはずだ。ぜひ多くの指導者の方に読んでいただきたい。
(川浪 洋平)
出版元:西村書店
(掲載日:2019-09-02)
タグ:コーチング
カテゴリ 指導
CiNii Booksで検索:スポーツ・コーチング学 指導理念からフィジカルトレーニングまで
紀伊國屋書店ウェブストアで検索:スポーツ・コーチング学 指導理念からフィジカルトレーニングまで
e-hon