エール大学対校エイト物語
ステファン キースリング Stephen Kiesling 榊原 章浩
The Shell Game
自らの人生においてスポーツがいかほどの価値を持つか、という問いに真面目に答えようとしたとき、あまりの真実の残酷さに呆然と立ち尽くす人は多いのではないか。考えれば考えるほど、スポーツを行うという純粋な行為とて人生における価値とは無縁なものに思えてならないからだ。が同時に、アリストテレスの言う“理性こそがわれわれ人類の特質であり、また他の生き物と区別する証である。その結果、肉体は理性の下に位置づけられた。”という意見を聞くに及んでは、凛然とその理不尽に抗議し、スポーツに内包される価値について延々と述べる用意を厭わない。スポーツをこよなく愛する者にとって、この二面性から逃れることは不可能に近い。
主人公のスチーブ・キースリングは、身長6フィート4インチ。「古典文学、急進主義、離婚、ホットタブ、心霊現象、スポーツカーといった環境で育ち、そして漕手になった」そうだが「もっと手際よく自己紹介できる才能があれば、こんな物語を書くこともなかっただろう」というように、本書の著者でもある。その主人公の“私”は、1980年に卒業するまで東部の名門エール大学の漕艇部に所属し、エール対校エイトの中心的人物として活躍する。「根っからのスポーツマンでは著者は、エール大学入学後にボートと巡り合ったことにより、アスリートへと変化をとげていく。あらゆるスポーツで米国最古の伝統を誇る対校戦、エール対ハーバードのフォー・マイラーと呼ばれる過酷なボート・レースに勝つために、学生生活のすべてを懸けて戦う。その模様が本書の縦糸となって活き活きと語られている」と訳者は本書を解説している。
ヘンレー・レガッタ
正式名は“ヘンレー・ロイヤル・レガッタ”。英国のオックスフォードとロンドンの間にあるヘンリーオンテムズという田舎町で行われるこのレースは150年の伝統を持ち、「アメリカの大学クルーにとって憧れの的」だ。ここでのレガッタは「この町の園遊会」であり、「宣伝などしなくても、10万を超える人々が詰めかける。ウィンブルドンの狭苦しいスタンドにうんざりした観衆は、ブレザーとかんかん帽を引っ張り出して、テムズ川の土手にくりだす」のである。そして、エール・クルーは、ここでオックスフォード大学、カリフォルニア大学、英国ナショナル・チームを相手に、最も栄誉あるグランドチャレンジ杯をめざして戦うことになる。試合当日、エール・クルーにはまだ笑う余裕があった。ただし、「それもわれわれが(もっとも不利といわれる)6レーン引きあてるまで」。かくして、「誰もフランス語を話すものがいないのだが、国際レースの規則をかえるわけにもいかず」「パルテ!」の合図でレースがスタートする。果たして、エール・クルーの賞賛は!?
本書の訳者は『カシタス湖の戦い』(東北大学出版会)で、ダブル・スカルの金メダリストを見事に描いた。今回も同じボート競技をテーマにしたノベルだが、前回のような派手な表現があるわけでなく、むしろ文章に抑制をきかせることでいっそうの真実感を持たせることに成功している。ここのところは大学時代、著者同様対校エイト漕手であった訳者の力量が見逃せない。前回の書評では、ファンタジーなスポーツ・ノベルと書いたが、今回の作品を読んで、ファンタジーとは決して単なるおとぎ話ではなく、本当は真実の中にあることに気づかされた次第である。
(久米 秀作)
出版元:東北大学出版会
(掲載日:2004-07-10)
タグ:漕艇
カテゴリ その他
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