人のためになる人ならない人
辻 秀一
「熱血」しないコーチになるために
冒頭から私事で恐縮だが、私自身のスポーツとの出会いは40年以上前であり、現在もスポーツ界の片隅で禄を食んでいる。したがって、当然多くのコーチとの出会いがあった。その多くがいわゆるTVの青春ドラマに出てきそうな明朗、爽快、活発、颯爽、堂々といった日本語をそのまま体現した熱き、熱き、熱血型指導者であった。
しかし、本書には、(選手の)ためになる(コーチ)とは熱血型コーチであるとは一言も書いてはいない。著者は、まずコーチとは本来“馬車”を意味し、お客(選手)が望むところに連れて行くのがコーチの仕事だと説く。なるほど。しかし、私が出会ったコーチは皆「俺について来い」式で、どこへ行くかさえ言ったことがない。
まして、どこへ行きたいかなんて聞かれたこともない。こりゃ、えらい思い違いをしていたぞ、とばかり先に読み進めると、コーチのスペル「C」「O」「A」「C」「H」のそれぞれの頭文字を使って、コーチに必要な資質が述べられている。
例えば、「C」はComprehension(理解、包容力)で、選手や子供を一人の人間として理解し、それぞれの共通点や相違点を受け入れるといった具合だ。こりゃ、本当にえらい思い違いをしていたぞ。
「檄」を飛ばさないコーチになるために
私も含めて、コーチは概ね声が大きい。なぜなら、練習のときは選手の掛け声やボールの弾む音、シューズが床に擦れる音、選手の激しい息遣いに負けないために自然と腹に力が入り、声が大きくなる。それに、声が大きいほうが威圧感があって選手を掌握しやすいではないか、と考えるとなおさら声のトーンが上がり、こうなると単なる声ではなく「檄」に変わる。やっぱり、コーチは声がでかくなけりゃと思っていたら、本書には一言もそんなことは書かれていない。コーチの「H」はユーモアの「H」だと著者は言う。選手が苦手なことをさせられているときは、大幅なエネルギーの消耗を伴う。そんなとき、コーチが檄を飛ばしてもさらにエネルギーを消耗させるだけで、結果として選手は萎縮してしまうと言う。
ここは、むしろユーモアが必要だと言う。米国には「Fun is Medicine」(ユーモアは良薬)という言葉もあるそうだ。元気のないときほど、檄飛ばして気合入れるんじゃないのか。こりゃ、えらい思い違いをしていたぞ。
「期待」しないコーチになるために
コーチは、大方自分のチームや選手に期待をかける。なぜなら、期待通りの結果が出れば、自分への評価にもつながるし、応援してくれている地元にも顔向けができるからである。しかし、著者は「期待」は「怒り」の原点だと断罪する。なぜなら、「期待」することは、ある枠にはめた比較思考、つまり何かと比較して、それよりもよい結果を残すことを要求することだという。だから、「期待」が大きいと落胆も大きくなり、「お前たち、なにやっているんだ! たるんどるぞ!」てな怒りになるというわけだ。
そう言われると、相手が自分のチームより格が下のときは、「期待しているぞ!」なんて言わないな。
期待を顔に出さず、熱くならずに冷静に、ユーモアをもって選手やチームに接する。そんなコーチがこれからの日本のスポーツシーンを必ずや変えていくことだろう。
もしもし、そこのコーチ。何か、えらい思い違いをしていませんか?
(久米 秀作)
出版元:バジリコ
(掲載日:2002-07-10)
タグ:コーチング
カテゴリ 指導
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身体知
内田 樹 三砂 ちづる
内田樹(うちだ・たつる)氏は、フランス現代思想、映画論、武道論を専門とする神戸女学院大学教授。三砂(みさご)ちづるさんは、疫学を専門とする津田塾大学教授。この2人の対談集。副題は『身体が教えてくれること』。帯に「女は出産、男は武道!? 危険や気配を察したり、場の空気を読んだり。身体に向き合うことでもたらされる、そんな『知性』を鍛えよう」とある。
まず、女性の出産の話から始まる。お産のときはエンドルフィンハイの状態になり、産んだ直後はアドレナリンハイになっている。だから、産んですぐお母さんが「ありがとうございました」と冷静になっているのはよい出産ではない。助産婦さんの含蓄に富んだ言葉、助産婦さんと家で出産する意義を考えざるを得ない。
次に武道の話。「武道の場合だと、ほんとうにたいせつなのは、筋力とか骨の強さではなくて、むしろ感度なんです。皮膚の感度じゃなくて、身体の内側におこっている出来事に対する感度。あるいは、接触した瞬間に相手の身体の内側で起きている出来事に対する感度」(P.33の内田氏の発言)
きわめつけが以下のやりとり(P.170より)。
三砂 女性はパンツとかGパンをはいているから股に布がピタッとあたっているのですよ。それを、もう不快だと思わない。
内田 たぶんその部位の感覚がオフになっているんでしょうね。
三砂 主電源がオフになっていると思うのです。
内田 「主電源」ですか。
日常から着物で過ごす三砂さんの感覚のすごさがわかる。興味を持った人は読んで下さい。ソンはしません。
2006年4月24日刊
(清家 輝文)
出版元:バジリコ
(掲載日:2012-10-11)
タグ:身体 感覚 武道
カテゴリ 身体
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からだのメソッド
矢田部 英正
元体操選手で、椅子やカトラリーも製作、からだと動き、からだと道具の関係について詳しい。茶道も嗜み、服飾にも通じる。大学で立ち方や歩き方など、立居振舞いの授業も担当している著者。その幅広い活動から、「からだのメソッド」というわかりやすい本が生まれた。
全体は、立ち方の基礎、歩き方の基礎、坐り方の基礎、食作法の基礎、呼吸法の基礎と基礎編が5つ続き、大学での実習レポート、そして最後に身体と運動の論理でまとめられている。
本書を読み終えての一番の感想は、「優れて実践的」ということである。「姿勢をよくする」と言われると、多くの人はできればそうしたいと思う。では、どうすればよいか。たとえば、背骨の上に頭を乗せようとする。それだけで姿勢は変わる。
「成るはよし、為そうとするは悪し」。著者は、日本の禅での表現を紹介しているが、そのあと「からだの扱い」について、「意識して姿勢を整えようとするのではなく、「おのずから整う」心持ちが大事だということです」と記している。 以上は、本書で述べられている「メソッド」のほんの一端でしかない。やさしく書かれているが、その実践と追求のため、長く愛読書になると思う。
2009年5月26日刊
(清家 輝文)
出版元:バジリコ
(掲載日:2012-10-13)
タグ:立ち方 歩き方 呼吸
カテゴリ 身体
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