やる気の心理学
宮本 美沙子
この本はとくにスポーツマンのために書かれたものではない。どちらかといえば、子どもを相手にする先生や親が読めば得るところは一層大であろう。しかし、とかくやる気が問題とされるスポーツの現場に携わる人にとっても、貴重な示唆に富んだ書である。
我々は「やる気がないから駄目なんだ」とか「あいつはやる気があるからどんどん伸びる」というように「やる気」という言葉をわかったつもりで容易に使っている。しかし、ではそのやる気を出させるためにはどうすればよいか、あるいはやる気がないというのはどういう状態なのかを理解するのは容易なことではない。やる気を出させるのも指導者の役割のひとつとすれば、「やる気のないのは駄目」と決めつけるのは一種の怠慢になるだろう。
「このように、実在の『やる気』のある人というのは、やさしさもユーモアもあり、おとなしいが生き生きとしており、仕事を楽しみ、かつ、現実的な悩みもあり、人の承認も求めるような、喜怒哀楽に満ちたナマ身の人たちなのである。『やる気』というのは、常識で考えるような積極性やたくましさだけでなく、もっと静かで慎重な面も伴うのである。」と述べる著者は、やる気の仕組み、やる気の発達、やる気と人格特性、やる気と性格、やる気と学校生活、自己実現とやる気といった章題で、やる気を分析し、やる気の本質に近づいていく。
「学習においても遊びにおいても、ただ漠然と『やる気』だけをもつのではなく、こうすればああなるかな、などと、あれこれ思いをめぐらせ、想像力豊かにイメージをもち、『やり遂げる』ための見通しをもつことが大切」「『やる気』になるにはまず感情がゆすぶられることが必要」「どうも日本の社会では、ミスをしない人、失点のない人のほうが起用され易いようである」など、スポーツ関係者にも興味深い叙述は数多く見られる本書は、少し学問的に過ぎるところもあるが、愛情に満ちた筆致に、指導者は多くの点を学び取ることができるだろう。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:創元社
(掲載日:1981-07-10)
タグ:モチベーション やる気
カテゴリ メンタル
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黒人アスリートはなぜ強いのか その身体の秘密と苦闘の歴史に迫る
ジョン エンタイン 星野 裕一
TABOO
まずこの書評を読んでくださっている読者には、本書の日本語タイトルが必ずしも内容を十分かつ正確に反映していないと申し上げたい。本書の原文タイトルは、直訳すると「タブー:なぜ黒人はスポーツ界を席巻しているのか、そしてわれわれはそれについて検証することをなぜ恐れているのか」である。あえてここで原文タイトルの直訳を紹介する理由は、おそらく日本語タイトルのみからでは、読者が持つ本書への印象が「なぜ黒人がスポーツに秀でているかって? そりゃあ筋肉の質が違うからじゃないの? 彼らの育った環境が劣悪なためにハングリー精神が強いからじゃないの?」程度で終わってしまうのではという器具を持つからである。しかし、読後はこういった短絡的な印象を持ったことを恥ずかしいと思わせるだけの重みと深みを、本書が持つことに気づかされる。本書は単なる黒人の身体的優位性を検証しているのではない。人種差別という未だ解決を見ない社会問題をスポーツという舞台装置を使って検証しているのだ。本書は、先天的素質や社会環境だけに答えを求めた黒人への評価はステレオタイプな人種差別だと断罪する。さらに、黒人は白人に比べて身体は屈強だがIQ(知能)は低いといったステレオタイプな人種差別もこういった軽薄な人種理解から生まれるとも指摘する。そして、この結果「ポジション・スタッキング」と呼ばれる人種差別が生まれているというのである。つまり、黒人は知的な作業は得意としないとか、経営的センスは持ち合わせないといった理不尽な理由によって、不当に職業(ポジション)の選択肢を狭窄されているというのである。
もうひとつの差別問題
今一度タイトルに戻ろう。直訳タイトルの後半には「(こういった差別問題について)検証することをなぜ恐れているのか」となっている。本来のタイトル「TABOO」は多分ここから出たものであろう。本書によれば、差別問題をテーマにすることは、人種主義者あるいは人種差別擁護者というレッテルを貼られる危険性と背中合わせだと言う。何十年もの間スポーツ界で人気と信頼を得てきた人物が人種差別について口にしたとたん、たとえ本人はある部分率直に黒人評を述べたとしても、2日でその職を失うと言う。つまり、差別発言を行ったとされる人物は社会的に葬られる結果、この種の発言はタブーという逆差別も生み出しているというのである。これは米国社会全体に健全な民主主義が育っている証拠という見方もできなくはないが、純粋な人種に対する科学的議論さえもタブー視する現在の社会傾向に、著者は困惑の色を隠せないと言う。
この原稿を書いている間にも米国では黒人差別撤廃を訴えた大規模な集会が、故キング牧師の子息を中心にワシントンで開かれたと報道されていた。一方、パリでは陸上の世界選手権が開催されており、予想通り短距離、長距離ともにカラードの活躍が目立つ。この二つの暗と明を社会は今後どう受け入れていくのか、わが日本も知らぬでは済まされまい。
ところで今回は最後までタイトルにこだわるが、表紙にある英文タイトルの中の「Black」のスペルが「Brack」となっているが、ミスプリントでは? やはり、日本人は「Black(黒人)」を理解していないと言われないように是非注意していただきたいものである。
(久米 秀作)
出版元:創元社
(掲載日:2003-10-10)
タグ:人種差別
カテゴリ 身体
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