夢は箱根を駆けめぐる
佐藤次郎
スポーツを読む・観るということは、読者の人生と「挫折から始まる物語」を重ね合わせる作業なのかもしれない。たとえば、ノルディックスキー元日本代表の原田雅彦、女子柔道48キロ級の谷亮子、そして、女子ソフトボール代表の上野由岐子が挙げられるだろうか。皆、挫折を味わいながらも最終的に最高の名誉を手にしたアスリートたちである。そして、オリンピックと箱根駅伝という大会の違いこそあれ、本書の主人公・大後栄治もまたその一人であったといってよいだろう。
大後は、小学生のときから校内のマラソン大会で優勝するような長距離の得意な男の子だった。中学校に進学すると、市の駅伝大会の選手となり、本格的に長距離にのめり込む。陸上競技の練習すれば、その分だけ成績に跳ね返ってくるところが面白かったのだという。大学も迷わず陸上部に所属。しかし、全国から集まった陸上エリートとの競争についていけず、1年の半ばにリタイア宣告される。それから、大後は、部を支える裏方のマネージャーとして、チームづくりに関わり始める。選手としてのプライドを手放さなければならない。大後にとって大きな挫折だったといえるだろう。普通であれば競技への情熱が失われたとしても不思議ではない。しかし、大後は違った。選手を支えるスタッフの一人として、自身の競技経験をもとに何の実績もないチームを箱根駅伝の強豪校へと導いていく。大後は、裏方として大成したのである。
人生は勝者ではなく敗者にこそ希望がある。敗者だからこそ拓ける道がある。本書は、読者にそんな希望を与えてくれる一冊である。
(清水 美奈)
出版元:洋泉社
(掲載日:2012-11-01)
タグ:箱根駅伝
カテゴリ スポーツライティング
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下北沢成徳高校は、なぜ多くの日本代表選手を輩出できるのか
小川 良樹
木村沙織選手選手ら多くの日本代表を輩出、全国大会常連でもあるチームの監督がノウハウを披露してくれるのかと思いきや、冒頭から「私は一度もタイトルのように感じたことはない」と言う文章が目に飛び込んでくる。その後も指導を始めた頃の失敗談が続く。
そういった期間を経て、毎年練習が嫌になって辞めてしまう選手がいることなどから、「今いる選手たちに合ったやり方」を模索し始める。だが、監督就任から30年経った今でも「これだ」と言えるものはないそうだ。だから、「選手の邪魔をしない」ことを心がける。監督の理想のチームにしようとするのではなく、「いいチームってどんなチーム?」と選手に問い掛け、その答えを目指していく。それも指導者にとっては勇気のいることに違いないが、小川氏はそれを続けている。
もちろんビジョンが何もないわけではない。自チームのスタイルを「パワーバレー」「うちの選手はバレーがうまくない」と称するが、それは選手が将来世界で戦うために高校時代に何が求められるか考えた結果だ。読み終えてみれば、下北沢成徳が高校バレーを引っ張っている理由が垣間見えた。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:洋泉社
(掲載日:2014-04-10)
タグ:バレーボール
カテゴリ 指導
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最強の選手・チームを育てるスポーツメンタルコーチング
柘植 陽一郎
選手自身のモチベーション・競技力を向上させ、それを本番で発揮できるようにする。さらにはチーム全体としても結果が出せるように持っていく「メンタルコーチング」。
豊富なエピソードを読むと、柘植氏の言うように人はひとりひとりまったく違うというのがよくわかる。とはいえ、それを踏まえて体系化された手法で十分アプローチできる。付箋を使った内面の整理や、テープを使ったスケジュール感の把握はすぐにでも取り入れられそうだ。
最終章では、選手と向き合う指導者自身のセルフコーチングについても触れられている。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:洋泉社
(掲載日:2015-12-10)
タグ:メンタル コーチング
カテゴリ メンタル
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カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち
豊福 晋
原石の証明
“カンプノウ”とは、スペインの名門サッカーチーム FCバルセロナ(愛称バルサ)のホームスタジアムのことである。そして“メッシ”とは、リオネル・メッシ選手。バロンドール(欧州最優秀選手賞)を五度も獲得した、史上最高と謳われるバルサのスパースターである。そんなことは言われるまでもない、という方も多いと思う。それはそうだろう。サッカーはワールドカップのときくらいしか見ないという私でも名前を知っているくらいだから。
カンプノウでプレーするということは、バルサのトップチームの一員となることであり、サッカー少年たちの夢である。スペインではサッカーチームの下部組織をカンテラ(cantera)と呼ぶ。直訳すると石切り場。カンプノウへ辿り着くためには、その採石場で、自分がダイヤの原石であることを証明し続けなければならない。
バルサのカンテラは昔から数多くの素晴らしいサッカー選手を輩出していることで有名で、世界的に高い評価を得ているそうだ。バルサの特徴は、スカウティングに力を入れ、世界中から多くの才能ある選手を確保するとともに、育成した選手を積極的にトップチームに昇格させ、試合に起用することらしい。
しかし、ここで言う育成とは私たちがイメージするものとは大きく違うようだ。競争する環境を与え、そこから抜きん出た才能を持つ選手を選り分けていくというもので、当然、淘汰されていく者のほうが多い。
淘汰された者のその後
本書は一枚の古い写真から始まる。13歳のメッシ少年がチームメイトとともに写っている写真だ。メッシは1987年生まれ、13歳でバルサに入団したとのことなので、入団したての2000年ごろの写真だろう。筆者の頭にある思いがよぎる。メッシは大成功を収めたが、その他の少年たちは今どうなっているのだろう。彼らの現在地を知りたい。
メッシを超える少年と言われたディオン・メンディは田舎のボクシングジムでコーチをしている。カンテラでの過度なプレッシャーに押し潰されて鬱病にかかってしまったフェラン・ビラは、立ち直って、下部リーグでプレーしながら実家の肉屋で働いている。自然科学博物館の動物飼育員ロジェールと公立小学校の給食世話係ロベールの兄弟は、カタルーニャ独立運動に参加している。他にも電気工、下部チームの指導者、警察の特殊部隊、害虫駆除業者、ビールの営業など、実に様々な仕事に就いて、必死に自分の人生を生きている。
サッカー好きの少年の元に、ある日憧れのバルサのスカウトから「テストを受けてみないか?」と声がかかる。晴れてテストに合格し、意気揚々とカンテラに乗り込む。しかし現実は残酷だ。地元では敵なしでも、世界中から才能を持った少年が集まるバルサのカンテラでは普通の選手に過ぎないのだ。そこから、重圧に耐えて才能と努力と運でトップチームへの階段を上り続けなければならない。足踏みしたら最後、カンプノウへの道は閉ざされる。
バルサのカンテラの選手が、一部でプレーできるレベルになる確率は10%程度だそうだ。その中からキャリア後を保証できるほどの高給取りになれる選手はほんの一握りだ。
大人にできることは
マシア(選手寮)のカルラス・フォルゲーラ寮長は、長年にわたりクラブの少年たちに「人生はバルサでは終わらん」と教えてきた。この教えのおかげか、本書に登場するメッシの元チームメイトたちは皆、力強く前を向いて現実と戦っている。バルサに対する恨み言も(少なくとも本書の中では)言っていないし、かつてメッシとプレーしたことがある、ということにも誇りを持っていると語る。これはやはり、バルサの育成方法が優れているということなのだろうか。
子どもたちには「メッシのようになりたい」という夢は必要だ。そのほうが断然楽しい。一方で、本書では「誰もがメッシになれるわけじゃない」という言葉がたびたび出てくる。ディオンは言った。「それは辛い現実かもしれない。でもな、アミーゴ。だからこそ人生ってのはおもしれえんだ」
夢を諦めるなというのはたやすい。しかし、我々大人が子供たちにすべきことは、夢を追いかける姿を見守ると同時に、それが叶わなかったときに現実を受け入れられる人間になっているよう、教育することだ。
それにはまず、親や指導者が現実を直視しなければならない。
(尾原 陽介)
出版元:洋泉社
(掲載日:2017-04-10)
タグ:育成 サッカー
カテゴリ スポーツライティング
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