クレージー・ランニング
高部 雨市
マラソンという競技は3時間弱で競いますが、その時間のために途方もない時間・人・金が必要です。私たちはレースの中継を見て熱狂します。しかしそれに至るエピソードに触れる機会はあまりありません。それがあったとしても、たいていは勝者にまつわる美談です。勝者がいれば必ず敗者もいます。オリンピックに出場できる者がいれば、選考に漏れる者もいます。本書はあまり語られることのない舞台裏の物語を包み隠すことなく書いたものです。「暴露」という言葉を使えばスキャンダラスになりますが、選手の気持ちに対し真摯に向き合う様子は「人間模様」と表現したほうが正しいかもしれません。
走る選手にもそれぞれの事情があります。走るのが好きな選手もいれば、走るのが好きではなくビジネスとして走る選手もいます。心に刃を持ち復讐のために走る選手までいたなんて、夢にも思いませんでした。ランナー一人一人のバックボーンの違いが、レースに対する姿勢・考え方に色濃く反映するのでしょう。普段競技について語られることはあっても、ビジネス的な側面からマラソンを見る機会なんてありませんが、選手・監督・選手が所属する企業、そしてメディアなどそれぞれの立場にそれぞれの利害があるそうです。そこから生まれる葛藤や妬みなど人間社会ならではのあり様は、神聖化されがちなトップランナーにも同じくあることを知らされました。それぞれの時代を代表するランナーたちの赤裸々な生きざまは、有名な選手であるからこそ余計に生々しさが伝わってきました。
レースを演出するメディアとスポンサーの思惑。スポーツを商品として高く売り買いしたい当事者。我々が興奮しながら見ている中継は、多くの人間の利害によってつくられていることがわかりました。読み終えて初めて納得したのは『クレージー・ランニング』というタイトル。一生懸命に走るランナーに「クレージー」は失礼だと思いましたが、レースに関わる人たちによるマラソン狂想曲ということだったのでしょう。
(辻田 浩志)
出版元:現代書館
(掲載日:2019-09-12)
タグ:マラソン
カテゴリ スポーツライティング
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印象派とタイヤ王
林 洋海
主人公は石橋正二郎氏。といってもその名をご存じの方は多くないかもしれません。足袋にゴム底をつけて地下足袋を考案。ブリヂストンの創設者。そして元総理大臣鳩山由紀夫氏の祖父。そんな石橋正二郎氏の物語なんですが、本書に書かれているのはもう一つの顔である絵画のコレクターとしての同氏にスポットライトがあたります。
大正から昭和の激動の時代に、自動車が普及するとともにタイヤ王として成功をおさめたのですが、ブリヂストン美術館を設立するほどの愛好家であったことはあまり知られていません。様々な絵画の中でも印象派の名作を集めました。芸術を愛する情緒豊かな人物像が浮かんできそうですが、実際は超がつくほどの合理主義者でとにかく仕事人間。絵画の収集ももとはといえば税金対策であったり、その当時は世間では考えられなかった絵画の資産としての価値に目をつけたあたりは、ビジネスマンのお手本みたいな人物だったようです。
本書には石橋正二郎氏の周りにいた人物のエピソードもありますが、印象派の画家たちが日本の浮世絵に影響を受けたというのは驚くべき事実です。今では有名な画家の作品が歌麿の半額程度の価値だったというのも知られていないことだと思います。ある意味、印象派の画家を育てたのは日本からフランスへ日本画を持ち込んだ画商だと言えなくはありません。
時代背景としては第二次世界大戦があり敗戦後の混乱期も大きなドラマを生み出しています。ただ私が親の世代の人たちからさんざん聞かされた戦中・戦後の話とはまったく違うものであったのが印象深いです。同じ時代を過ごしてもそれぞれの環境や立場によって受け止め方が変わるのは少し考えたらわかることですが、本書を読むことで今さらながらそういうことに気づかされました。
明治から昭和初期には破天荒な芸術家や文芸家がいて、太宰治や島崎藤村など今の時代だったら受け入れがたいエピソードもあったようですが、正二郎氏は合理的なビジネスマン気質でそういう人物を嫌ったというのもむしろ今の時代に近い感覚があったのかもしれません。時代による人々の価値観の変化も考えさせられました。
(辻田 浩志)
出版元:現代書館
(掲載日:2024-04-30)
タグ:伝記 芸術
カテゴリ その他
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