運動と疲労の科学 疲労を理解する新たな視点
下光 輝一 八田 秀雄
運動によって「疲労」を感じることは誰しもが経験するだろう。この「疲労」というのを、ただ「疲れた」という小学生の感想文のような表現で一括りにしてはいないだろうか。もしくは、気合いが足りないからやメンタルが弱いからといった主観的で曖昧な要因から、「疲労」が生じるという詭弁に陥ってはいないだろうか。
「疲労」は、客観的な指標で仮説を検証するという科学の世界での研究対象となっている。本書では、生理学・脳科学・心理学・栄養学といった科学的な観点から「疲労」に関する理論が展開されている。科学の世界では、以前までの常識が非常識になるというパラダイムの変換が生じる。運動をして疲労するということは、かつて乳酸が蓄積することが原因と考えられ、その考えは今でも根強く残っている。しかしながら、現在の科学では、乳酸は疲労物質でなく、疲労の予防に関与することが示されている。筋肉を動かすエネルギー源には筋肉中に蓄えられたグリコーゲンの関与が広く認知されているが、乳酸も筋肉へのエネルギー供給に重要な役割を果たしていることが報告されている。疲労によってこれらのエネルギー源が枯渇してしまえば、スポーツパフォーマンスの低下は避けられない。
筋肉だけではなく、脳においても乳酸やグリコーゲンの関係が示されている。これらが関与した脳におけるエネルギー源の減少は、中枢性疲労を引き起こす要因の一つとされている。中枢性疲労とは、脳から筋肉に指令を出す際に関与する神経系に疲労が生じることである。上記に示した筋肉と脳においての疲労に関する話だけでも、「疲労」という現象には様々なメカニズムが潜んでいることがうかがえる。
本書を読むことは、「疲労」という現象とそのメカニズムを理解し、「疲労」と適切に付き合う方法を考える思考の糧になるであろう。この理解は、精神論によって追い込むトレーニングとは一線を画し、科学的な視点から「疲労」を客観的に捉えたトレーニングメニューの作成につながると考える。最新の知見から得られる恩恵によって、質の高いトレーニングが継続できる結果、最終的にスポーツパフォーマンスが向上すると考えられる。「疲労」という観点でトレーニングに関する思考の糧を育むためにも、本書を読まない理由が見当たらない。
(曽我 啓史)
出版元:大修館書店
(掲載日:2020-08-17)
タグ:疲労 乳酸
カテゴリ スポーツ医科学
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