ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
予防接種は「効く」のか? ワクチン嫌いを考える
岩田 健太郎
「ワクチン嫌いを考える」と副題がついたこの一冊。私自身がインフルエンザワクチンを打たないとお話をしたら知人の医師に勧められたのがこの一冊でした。
医学の世界は日進月歩という。この言葉は最先端を追っているように思えるが反面、その世界が「未完成」であることも意味をする。昨日の「常識」は将来の「常識」を保証はしない。常識は進歩に応じて変化をする。世の中の事象はそういう側面を持っている。事象だけではなく、どんなにたくさんの人情味あふれるエピソードをもつ「偉人」であっても、その人物の正しさを担保してはくれない。では、我々が持つべき心構えは何なのか。それが「健全なる猜疑心」であることをこの本の中では最初にはなされている。
次に「ダブルバインド状態」に話が進む。ダブルバインド状態とは、「どちらに転んでもたたかれる状態」を指す。インフルエンザワクチンは任意接種のため、打つことも打たないことも、どちらを選択しても、またどちらを勧めても必ず逆の立場の人間からは批判を受ける。まさにダブルバインド状態である。この解決策で一番簡単なのは「見なかったこと」にする、である。だが、自分に都合が悪い事実であってもそれを正視して物事の両面を見なくてはいけない。煮え切らない問題はまるごと受け入れる。成熟とは「曖昧さとともに生きていく能力を身につけていくこと」であることを著者は示唆している。物事はとかく「好き」「嫌い」から始まっていろいろなことを後付けしていってしまう。それがいかにも科学的なものであるかのように見えるが、実は都合の悪いことは見ないふり。
本の後半では、ワクチン史、各国の対応、過去の臨床データを列記してある。これを著者のいう「健全な猜疑心」で「ダブルバインド状態」であることを受け入れて見てみる。そうすることで実はワクチン以外の全てのこと、身の回りに転がる「健康」の問題、たとえばトレーニングにしても、治療にしても個人の「好き」「嫌い」の感情から多くのことが始まってしまっていることに改めて気がつかされ、「正邪」の問題として語ってしまっていること、その幼稚的な思考回路から脱却することが必要であることに気がつかされるのである。
この本では「ワクチンを打ちましょう」と推奨をするのでなく、自分の身の回りの問題、物事を「好き嫌い」や「正邪」の問題として捉えてしまっていないかという投げかけが、「ワクチン嫌いを考える」という副題に現れている一冊である。このあたりを踏まえて、知人の医師は私に、今の持っている常識をいつでも捨てる準備をしておくこと、それには健全なる猜疑心も必要だと伝えたかったのではないだろうか。またそんなことを考えるには非常にいい一冊であったと思う。
(藤田 のぞみ)
カテゴリ:医学
タグ:ワクチン
出版元:光文社
掲載日:2013-05-17