ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
ストレッチングの実際
栗山 節郎 山田 保
先日、ある目的でここ5〜6年の体育・スポーツに関する新聞の切り抜きにひと通り目を通した。そこで1つ気がついたのは、1980年頃はエアロビクスの記事が目立ち、1981年頃になるとストレッチングが盛んに取り上げられるようになる。スポーツ外傷・障害に関する記事は、この2〜3年で急激に各紙に頻出するようになる。丁寧にその数を拾い、表にして示せば面白いデータになるだろう。
新聞記事のみならず、ストレッチングは、単行本として日本で何冊も出ている。身近に10冊くらいはあるから、すでにその倍は出ているだろうし、ブックレット、パンフレットなどと合わせると、大変な数になるだろう。そういう状況からいえば、何を今さらのストレッチングの本である。
だが、ストレッチング・ブームもひとまず落ち着き、それだけ実践者も増えた結果、人それぞれ冷静にストレッチングをみることができるようなったともいえるだろう。T.J.ブックスの最新刊『トータル・ボディ・トレーニング』で、ドミンゲス博士は次のように述べている。「誰でも柔軟性に富んだからだになりたいと望んでおり、ある程度の可動性は、望ましくもあり有益でもあることはいうまでもない。……問題は、柔軟すぎると、かえって害をもたらす危険性があるということである。……柔軟性は、それ自体を目的とするべきではなく、筋力強化とそのトレーニングの結果として備わるべきである。……問題は、柔軟性をコントロールできる筋力を備えていない柔軟性はケガを招くということである」
こういう指摘は、実はつい最近出てきたものではない。ストレッチング・ブームの最中でもいわれてきた。少し考えると、その指摘はあまりにも当然である。しかし、だからといって、ストレッチングの価値が貶められるものではない。少しよければ全部よし、少し悪ければすべて悪しではなく、よい点はよい点として活用し、それ以上の“幻想”を抱かないことである。この『ストレッチングの実際』でも「ストレッチングによって得られる体の柔軟性は、いわゆる“体力”の一部であり、他の能力、すなわち、筋力、敏捷性、平衡能力、協応性、持久力など総合的な体力も高めることが必要であることを忘れず、そのうえでストレッチングを正しく活用して安全で楽しいスポーツライフを、また健康な身体と生活を得られることを期待する」(はしがきより)、ただ単に関節を柔らかくしたのでは意味がない。全身のすべての関節を柔らかくしてしまっては十分な筋力が発揮できない」(P3「柔軟性とは」より)と述べられている。
ブームの発端から約5年を経てスポーツドクターと体育専門家によってまとめられた本だけあって、この本はストレッチングを通じてスポーツ外傷・障害についても学べるようになっている。いや、むしろ、これだけストレッチングの本が出てしまった今日、その部分こそ、この本の根幹であるといいたくなる。主な目次は例によって別の欄に掲げたが、全体は大きく4つに分けられ、前半はストレッチングに関連する医学と科学について、後半はストレッチングの実際、つまり方法がまとめられている。Iの「ストレッチングの基礎知識」でも、IIの「ストレッチングの必要なスポーツ傷害」でも、中心はスポーツ整形外科的観点であるのが本書の特徴である。解剖・生理はもとより、各部位に生じるスポーツ外傷・障害について、ひと通りの知識が得られる。たとえば、下肢の膝関節の項では、解剖から始まり、膝のスポーツ傷害として半月損傷、靭帯損傷、膝伸展装置の傷害、膝関節周囲の腱炎が説明されている。ケガが生じたときの救急処置についても簡単だが、必要なことは記されている。そして、本文中、参照すべき実際のストレッチングやその他の項目について、→24頁のように示されているため、実用性は非常に高い。実技を伴うものを本によって表現するには、難しさと反対に工夫ひとつで映像よりわかりやすくなる利点もある。最近の本にはその工夫が目立つが、これもビデオの普及に対し、著者と編集者が心を砕いて「本の世界」を高めようとしている反映だろう。「坐位での大腿四頭筋のストレッチング」(P61)で「注意点」として「なお上体を後ろへたおすときは膝を曲げている側の股関節が伸びるようにするとよい。つまりこの側の“ズボンのシワを伸ばすような気持”で行うとよい」という表現は、動作に具体性を持たせる意味でとても有効であり、こういった1行にも著者の苦心のあと、あるいは現場経験、指導経験の豊富さがうかがえる。
「ボブ・アンダーソンによってストレッチングの概念の系統化がなされて以来、わが国においてもストレッチングに関わる多くの出版物が紹介されてきた。これらの本はいずれもたいへん有用なものであるが、トレーニングを指導する立場の者にとっては医学的・生理学的な面からの解説の必要性を感じていた」(あとがきより)という言葉通りの本である。いろいろ教えられる1冊だ。「またストレッチングの本か」とうっちゃっておくのはもったいない。
主な目次
I ストレッチングについての基礎知識
1. ストレッチングの科学
2. 正しいストレッチングの方法
3. リハビリテーションとしてのストレッチング
4. スポーツ傷害
II ストレッチングの必要なスポーツ傷害
1. 下肢
2. 躯幹
3. 上肢
III ストレッチングの基本動作
1. 下肢のストレッチング
2. 躯幹部のストレッチング
3. 上肢のストレッチング
IV 種目別ストレッチング
(清家 輝文)
カテゴリ:スポーツ医科学
タグ:ストレッチング
出版元:南江堂
掲載日:1986-11-10