ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
指導者バカ
西村 卓二
この本の筆者西村卓二氏は、ご存知の方も多いとは思いますがアテネオリンピック卓球の女子ナショナルチーム監督をされていた方であります。卓球女子ナショナルチームの活躍は、先日のロンドンオリンピックの結果も見てとれるように輝かしいものであります。無論積み重ねが大きな飛躍につながったことは言うまでもありません。以前から関わってこられた筆者には、いろいろな苦労もあったと感じています。さらに筆者は女子指導の経験が多く、本格的に女子指導をし始めた私個人としても、共通する立場にある者として、難しい局面や悩みなども照らし合わせながら読むことができました。
本書はおおまかに「指導者哲学」「選手との関わりかた」「現場主義」「練習と試合とは」「叱る」「女性に教える」「ナショナルチームの経験」という7つの構成で展開され、「人を育てる」重要性を説いています。
筆者も指導者という立場から、まず指導者の必要なこととして、自分の立ち位置、育成しようとする心構え、つまり信念、哲学が必要と説いています。ごく当たり前のことかもしれませんが、本書にも「人間を作る」というフレーズがよくでてきますように、指導をする以前にふさわしい人間でなければならないということであります。私自身、指導者としての経験をそれなりに重ねた今、信念、哲学というものの必要性を痛感させられます。
加えて「女性を教える」という難しさの悩みは同感するものが多く、気づきをたくさん頂けました。そのひとつとして、物事の捉え方であります。男女に違いがあることを私自身も感じています。たとえばできないことを考える場合に「何ができない」「誰ができない」の違いが生じることは私の経験上も多かった事例であります。だからこそ叱り方ひとつも十分配慮しなければいけないことは実感もあり、ヒントも多く得られました。そのヒントとは「攻めの指導」と「待ちの指導」にあたります。言葉で気づかせたりするような攻めるということは比較的しやすい行為だと思います。しかし待つことは本当に難しいと思います。なぜなら物事に立ち向かわせる時間、つまり考える時間や体験させる時間を含めて待つことは指導者にとってハードルの高いことと思っています。待つという能力は、よき指導者として大きなウェイトを占めることは間違いないと確信しました。
そして競技者としての本当の強さとは、「技術」「鍛えられた心」を持ち合わせること。つまりその指導者は両者を与えられる人間かつ人間性を持ち得た人間でなければならないと考えます。それはいろいろな方向に「バカ」になれることであり、決してそのことしかできない「バカ」でない「指導者バカ」という存在にならなければと感じられた本であります。
(鳥居 義史)
カテゴリ:指導
タグ:卓球 指導 育成
出版元:日本経済新聞出版社
掲載日:2013-10-28