ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
私たちは未来から「スポーツ」を託されている 新しい時代にふさわしいコーチング
文部科学省
「新しい時代にふさわしい」指導
私は鍼灸師や柔道整復師という医療系国家資格と日本体育協会公認アスレティックトレーナー(JASA-AT)とを3年間の課程で養成する専門学校で教職に就いている。タイトなカリキュラムでそれを完遂するには相応の覚悟と努力が必要だが、この組み合わせを持つ専門学校や大学でJASA-ATを取得するということは、一定の医療類似行為を行えるトレーナーになれるということである。スポーツ現場で活動するトレーナーの中で、その存在は基軸のひとつになり得ると考えている。一方で一般的な大学のJASA-AT養成課程は体育教員の養成コースに包含されているケースが多い。JASA-ATを取得した体育教員や体育指導者も学校体育や部活動を通じたスポーツシーンにおいて非常に重要な基軸になり得るはずだ。しかし教職課程における必修分野の増設やキャリア教育科目の追加などでそのカリキュラムが過密になり、資格修得が困難になるという問題も起こっている。大学のJASA-AT教育は重大な岐路に立っていると言えるのではないか。
さて、本書は文部科学省「スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議」の報告書かつ提言書である。この会議はスポーツ指導者の暴力行為が問題化したことで設置されたものだが、暴力根絶にとどまらず「新しい時代にふさわしいスポーツの指導法」のあり方を明らかにし、「今後取り組むべき具体的な方策提言する」ことを目的としている。今後のスポーツに関する国の方針を確認するためにも全てのスポーツ指導者は一読すべきだろう。当然ながら各スポーツ団体における質の高いコーチ育成に言及しており、大学での指導者育成についても「大学等の教育課程においては、それを経た者が学校の教員としてコーチングを行うこととなることを踏まえ、特に高い倫理観と高度な知識・技能を持ったコーチの育成を図ることが求められ」るとしている。
ただ、本書が対象にしているスポーツ指導者はコーチのみである。日本体育協会がスポーツ指導者資格のひとつとして設定しているアスレティックトレーナーについての直接的な記述はない。「国及びスポーツ団体においては、独立行政法人及び地方公共団体と連携しつつ、競技者・チームを取り巻く関係者(アスリート・アントラージュ)であるコーチ、家族、マネジャー、トレーナー、医師、教員等が互いに連携し、コーチング環境をオープン化して改善するための取り組みを推進することが必要である」という表現の中でその関係性に触れられているだけである。「コーチが安心してコーチングに専念するためには、万が一の事故等に対応できる体制を構築しておくことが大切」で、「我が国ではリスクマネジメントの教育や現場で役に立つ資料、体制が十分ではなく」、「コーチング現場におけるリスクマネジメント体制を確立することが大切である」ことも問題提起されているし、「トレーニング科学に関する知識・技能を学ぶことは、競技者やチームのパフォーマンス向上のための科学的手法の活用につながり」、「スポーツ医学に関する知識・技能を学ぶことは、競技者のスポーツ障害等をふせぐこと」だということも理解されている。まさにアスレティックトレーナーが担うべき分野だ。
最大のチャンス
コーチ養成機関として大学教育が見直されるのであれば、アスレティックトレーナー教育も同様にその重要性を再認識されていいのではないか。教員かJASA-ATか二者択一を迫られたり、数ある選択科目の1つに甘んじる存在ではなく、教員としてのキャリア教育になり得る上にスポーツ指導者としても大きな付加価値になるはずだ。コーチと並んでスポーツ振興に欠かせない存在としての認識を広げ、現場でのその価値を高める契機になるはずである。それどころかここがこの専門職を定着させるための最大最後のチャンスと言ってもいいかもしれない。なぜなら本書にある提言は構造を変革することなしに成し遂げられないからだ。2011年にスポーツ基本法が施行され、2020年の東京オリンピックへの流れを大きな土台として、その先へと続くこの国のスポーツ振興のための構造変化の中に、アスレティックトレーナーという存在を是が非でも組み込まなければならない。
人体では構造が機能を表し、また求められる機能が構造を変革している。同じように理念を現実化させるためにはそのための構造が必要である。学校での部活動を例に挙げてみても、本書では先述の通り体育大学でその教員養成課程においてコーチング教育を推奨している。しかし実際の学校の部活動のその指導者は明確な職務としてその任が成立しているわけではない。その時間的、経済的、そして精神的な負担は大きく、構造的な問題が長く指摘され続けている。地域スポーツクラブへの学生スポーツの移行も取りざたされてはいるが、学生たちにとって毎日通う学校でスポーツ参加への機会の場となる部活動を廃らせてしまうのはあまりにも惜しい。実際にスポーツをするだけでなく観たり支えたりすることを含めての機会と考えると、部活動の機能は今後のスポーツ振興のためにも見直されてしかるべきだ。そのためには指導教員養成機関としての大学の教育課程見直しだけでなく、現場としての学校における職務改定や外部指導者制度をさらに推し進めて、競技によっては学校の部活動をその世代にとっての地域スポーツクラブの中心と捉えてその機能を充実すべく構造を整えるということは飛躍した理屈だろうか。そしてこの例1つとっても、アスレティックトレーナーを組み込む余地は十分にある。
専門職の未来をつくる
我が国のスポーツに関わる無数の組織を俯瞰すると、この構造を機能的に改革するなど野に棲む俗人の私にとってはただ気が遠くなるだけではある。この先スポーツ庁ができたところで、どれだけ機能するのかも想像がつかない。しかし、部活動の例にとどまらず本書に見られる文部科学省の数々の提言を、理念だけでなく現実のものとするにはやはり大規模な構造の改革が必須である。そして本当にそれが起こるのであれば、アスレティックトレーナーもその新しい構造の中でその立場を確立し、スポーツ振興に寄与し、この専門職の未来をつくる必要があるのだ。
(山根 太治)
カテゴリ:指導
タグ:コーチング
出版元:学研パブリッシング
掲載日:2014-05-10