ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
コンカッション
Jeanne Marie Laskas 田口 俊樹
コンカッション。日本語で脳震盪を意味する。
脳震盪と言えば一昨年、フィギュアスケートの羽生結弦選手が大会前の直前練習で中国人選手と衝突。その時に脳震盪を起こしていた可能性があり、直後の大会に出場したことの是非について議論を呼んだことは記憶に新しい。
この本はノンフィクションである。主人公であるベネット・オマル氏へのインタビューをもとに彼の視点から描かれている。物語はナイジェリア移民で監察医であるオマル氏が、偶然にもホームレス姿で遺体となって発見された元NFLのスター選手、マイク・ウェブスターを司法解剖することに端を発する。直接の死因は心臓発作であるが、彼の晩年を聞くに及び、ふと彼の脳組織を調べてみることを思い立つ。そうしてみてみたところ、認知症でしか見られない‘黒いシミ’を発見する。引退後、なぜ彼は記憶障害に苦しんだのか。なぜ奇行に走り人格が変わってしまったのか。このせいで彼はすべての財産を失い家庭は崩壊、ホームレスになり、最後は遺体となって発見された。オマル氏はこれを激しいタックルによって起こる脳震盪が原因だとして論文を学術誌に発表するが、これを認めないNFLは論文の撤回を要求するなどオマル氏の排除を画策する、…という風にストーリーが展開される。
かくもスポーツの商業主義ここに極まれり、という感がする。アメリカンフットボールは激しいタックルプレーが一つの売りになっている側面がある。NFLがオマル氏の主張を受け入れるということは、プレーに規制がかかってファンが減少することや、ウェブスターと同じような健康被害を訴える選手たちから集団訴訟を起こされかねないリスクをはらむ。NFLのような全米随一の巨大組織ですら利益のためなら正義に反する過ちを犯すのである。
来月、これを映画化したものが日本で公開される。主演はあのウィル・スミスである。ちょうどいい機会なので、この本と映画を見比べてみることをお勧めしたい。原作とどこが違うのか。まず実在のベネット・オマル氏はウィル・スミスほど二枚目ではない。それに非常に上昇志向が強く、性格的にひと癖ある人間である。しかし、ウイル・スミス演じるオマルと同じく、オマル氏本人も正義感と強い信念の持ち主である。
それから大事な点がもう一つ。原作本も映画も主人公はオマル氏であるが、現実では彼は蚊帳の外に追い出されてしまった。告発者であるにもかかわらずにだ。これはNFLの‘オマル外し’がある程度功を奏したのかもしれない。また功名心欲しさに随分と横やりが入った。そして米国社会の根底に黒人に対する根強い差別感情があるということが伺える。この本にも書いているが、もしオマル氏が白人だったら、今頃違った人生を歩んでいるかも知れない。結局NFLは糾弾されたが、オマル氏自身の待遇については、おそらく本人は納得していないだろう。
さて、映画はどんな感じに仕上がっているだろうか。スクリーンの前に座るとしよう。
( 水浜 雅浩)
カテゴリ:スポーツ医学
タグ:脳震盪 アメリカンフットボール
出版元:小学館
掲載日:2016-09-17