ATACK NET ブックレビュー
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不合理だらけの日本スポーツ界
河田 剛
2008年北京オリンピックでのメダル獲得数:25個。この集計の母数が何か、わかるだろうか。
そう、これは、日本がこの大会で獲得したメダルの総数である。そして同時に、アメリカ・カリフォルニア州にある名門スタンフォード大学1校から、同大会で輩出されたメダリストの総数でもある。
これが何を意味するか。「極論ではあるが」と前置きした著者の言葉を借りて説明するなら、一方は競技だけに集中してきた、また、そうすることが許される、またはそう仕向けられているアスリートがとったオリンピックメダルであり、もう一方は、将来を見据えたうえで、勉強などいろいろなことに取り組んでいる学生アスリートがとったオリンピックメダルである。
イギリスの高等教育専門誌が発表しているThe World University Rankings 2020で、日本で最も高い順位にランクインしたのは東京大学の36位。それと比較して前述のスタンフォード大学は第4位と評価されていることからも、そこに通う学生たちがいかに日々勉学に励み、高いGPAを維持して卒業していくかは想像に易いだろう。日本で、ここまで世界トップレベルの文武両道を体現している競技アスリートは一体どのくらいいるのだろうか? それは、個人の努力や意識という範囲の責任ではなく、私たちの社会が、どれだけアスリートたちが、競技だけでなくセカンドキャリアにつながる勉強を両立させられる体制を整え、当たり前にサポートするシステムを作っていないかという問題なのである。
この本の著者である河田剛氏は、日本でアメリカンフットボールの選手、コーチを経験したのちにアメリカに渡り、2007年からスタンフォード大学のアメリカンフットボール部のコーチとしてチームに勤務されている。冒頭で紹介した日本とアメリカでのオリンピックメダリストの生まれ方の違いがなぜ起こるのかを、日本で生まれ育ち、アメリカのトップ層を見てきた日本人の視点で解説し、タイトル通り「不合理な」日本スポーツ界の在り方に警鐘を鳴らしている。
本書で言及されているアメリカのスポーツにあり、日本のスポーツにないもののいくつかを列挙してみよう。きちんとお金を集めて流すシステム。充実した指導者育成システム。先進的なスポーツメディカルチームによるサポート。メディアリレーションの専門家。マルチスポーツ(複数のスポーツ)をプレーする文化。引退後のセカンドキャリア支援体制…などである。いずれも、どんなレベルであれスポーツに関わる人であれば、関心の高いキーワードばかりではないだろうか。アメリカのスポーツ業界が日本のそれよりよっぽど成熟しているというのは、スポーツに深く関わりのない人でもなんとなくイメージできるだろう。本書では、それが実際どのような事実として違いがあるのか、多数の具体的なエピソードとともに丁寧に解説されている。
本文中で何度も述べられているが、筆者は日本人の勤勉性や国民性、これまで培ってきた社会の仕組みを一切否定し、アメリカのやり方が全てよいと言いたいわけではない。しかし、いろんな局面で「合理的」とはかけ離れた日本のスポーツ界が、効率的に成果をあげるシステム構築が圧倒的にうまいアメリカの手法から学べることを積極的に吸収し、体制を変化させていくことが、きたる2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功と、その後の発展の鍵となることは間違いないだろう。
(今中 祐子)
カテゴリ:その他
タグ:教育 文化
出版元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
掲載日:2019-10-15