ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
コツとカンの運動学 わざを身につける実践
日本スポーツ運動学会
個人に合わせた指導
アスレティックリハビリテーションとは、アスレティックトレーナー業務のひとつだ。アスリハと略して呼ばれることが多い。日本スポーツ協会の公認テキストによれば、日常生活レベル復帰を基準とするメディカルリハビリテーションを引き継ぐ形で、競技復帰までを目標とする過程として表現されている。しかし実際は、リハビリ初期から患部外のトレーニングや全身持久力トレーニングなどを組み合わせたアスリート向けのプログラムとなる。
競技復帰には体力因子や全身を協調させて体現する「わざ」の再獲得が必要だ。傷害の発生機序や発生要因を克服しながら、「わざ」の 「コツ」や「カン」を取り戻し発展させる必要がある。リハビリ開始時からこれを加味したプログラムであるべきで、個々のメニューはそれぞれの要素に分断されたものではなく互いに協調すべく全身の動きをイメージしてデザインされるべきである。そして、たとえ蓄積された知見に基づくプロトコルでも、対象となるアスリートによって指導の方法は全て異なるものになるはずだ。その道のりは、指導というよりむしろトレーナーとアスリートが協調し共感しながら進めるべき協働という方が正しいように思う。
実践のヒント
さて、日本スポーツ運動学会による『コツとカンの運動学』のサブタイトルは「わざを身につける実践」とある。子ども達の発達過程において「動きのわざ」をいかに育てていくのかを主軸として様々な知見が語られている。「わざ」は単に「動き」ということではなく、移り変わる状況に応じて「コツ」と「カン」を働かせて、最善の「動き」をするということだ。それを自分が「身体で覚える」だけでなく、それを学習者にいかに指導するかという実践のヒントが集約されている。だから、ここでいう「運動学」はキネマティクスとは一線を画している。キネマティクスを芯に、心理、言語、感覚、人間関係や環境整備といった様々な因子で包み込んで作られた領域と言うほうがいい。
日本スポーツ協会が推進するアクティブチャイルドプログラム(ACP)でも「動きの質」に注目するよう働きかけている。ACP とは「子どもが発達段階に応じて身につけておくことが望ましい動きを習得する運動プログラム」だ。ただ、どれだけいいプログラムでも、その「動きの質」向上のためには指導者の力量が問われる。個人差の大きい子ども達の指導では、画一的な指導は効果のばらつきを大きくするだろう。
学生に悩んでもらう
本書で説かれる「学習者の動き方を自らの体で感じ取りながら、わざの動感世界を共有する運動共感能力」や「指導者が自分の動きを詳細に分析してその動きが実際にできるようになるために、指導者が学習者に対して学習者自身の動きの感じに問いかけていくという借問」などの重要性は、アスリハの過程に通じると感じる。現場のトレーナーとして経験を積んだ人達はこの辺りのスキルは自然に練り込まれているだろう。負傷したアスリートの状態を的確に把握し、様々な視点から観える問題点を、当人とのコミュニケーションの中で修正しながら、段階的に進めていくことができるはずだ。
ところがアスレティックトレーナーを目指す学生達には、まだこの感覚をイメージしにくい者が散見される。そういった学生は、正解を欲しがる傾向にあるようにも思う。この場合はどうすればいいのか、マニュアルとしての答えが欲しいのだ。
模範解答としてのプロトコルを示してやればいいのかもしれないが、私の場合はヒントを小出しにしながら悩んでもらう方法を取っている。解剖学や傷害、評価法、そしてアスリハの基礎理論をもとに、対象となるアスリートのことを多角的に想像し、互いに協力して問題を解決すべく創造力を最大限に働かせることに取り組んでもらうのだ。そのためにはアスリハの勉強をしているだけでは足りない。JSPO-ATの実技試験対策でも、過去問題を紐解いてこの設問が出ればこのプログラムを覚えておいて指導せよといった方法では問題だと個人的には考えている。たとえ試験であっても、目の前にいるアスリート(モデル)に最大限の効果が出るようにカスタマイズされたものを即座に提案し、指導というより双方向の協働にできることを目指して欲しい。本書もきっといい参考書籍になるはずだ。
(山根 太治)
カテゴリ:スポーツ医科学
タグ:カン コツ
出版元:大修館書店
掲載日:2021-03-10