ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
アテネでつかむ金メダル 中京女子大レスリング部からアテネ五輪へ飛ぶ三人
横森 綾 栄 和人
全階級金メダルの夢
1896年の第一回近代オリンピック以来の聖地開催となった今年のアテネ大会。今回の大会で初めて正式種目に採用されたのが女子レスリングだ。本書は、この種目の日本代表三選手の物語である。
「気合だぁー、うぃース!」でお馴染みの親子の人気がこの種目への注目度や好感度をアップさせたことは間違いない。が、何より注目を浴びたのがこの種目における日本のレベルの高さであった。世界大会に勝つよりも国内で代表権をとるほうがよほど難しいと言わしめたこのレベルの高さが、本番での全出場階級メダルへの期待、いや単なるメダルではなく金メダルへの期待となって全国民に注目されるところとなったのである。
その難関を突破して今回代表の座を射止めたひとりに、吉田沙保里(55kg級)がいる。父は元レスリング全日本王者。母もテニスで国体選手。そして、吉田は二人の兄とともに3歳から父が主宰するジュニアレスリング教室でレスリングを始める。そして、父親ゆずりの負けず嫌いもあって中学1年生の初遠征から国際大会16大会連続優勝。外国選手にはめっぽう強い。現在中京女子大学4年生でレスリング部のキャプテンでもある。
もうひとりは、伊調馨。身長166cmで63kg級に出場。青森県八戸市で生まれ、幼いときから兄と姉で同じく今大会の48kg級代表として出場する千春とともに八戸クラブでレスリングを始める。中学校卒業後レスリングの練習環境を求めて中京女子大学付属高校を経て中京女子大学へ入学。2003年世界選手権に優勝し、その勢いにのって今回代表の座を獲得する。
最後のひとりが、馨の3つ違いの姉伊調千春だ。妹の馨がのんびり屋で大雑把な性格なら、姉千春は几帳面で苦労人だ。自らレスリングができる環境を求めて京都の網野高校に進み、高校選手権2連覇を成し遂げ、東洋大学に入学。ところが、その東洋大学では練習環境に難があった。そこで千春は思い切って中退し、馨のいる中京女子大に再入学を決意する。しかし、千春の苦労はこれだけでは終わらなかった。今回のアテネ大会での女子レスリングの実施種目が世界選手権と同じ7階級だけでなく4階級だけという変則的実施となったため、千春は得意とする51kg級から48kg級へと変更せざるを得なくなったのだ。しかし、全階級の中で唯一代表決定プレーオフまでもつれ込んだ結果、ライバル坂本真喜子選手を破って見事代表の座を射止めた。
勝つためのセオリー
結局、吉田沙保里と伊調馨は念願の金メダルを手にした。吉田は表彰式後のインタビューでは「自分に負けなかった」ことが勝因と語ってくれた。自分にさえ負けたくない彼女の“負けず嫌い”がよく表現された瞬間であった。伊調馨は、試合後両手で顔を覆って泣き出してしまった。試合は終盤の逆転勝ち。はらはらして見守る周囲を他所に、表情変えずに逆転するふてぶてしさに解説者は“馨らしい勝ち方”と評したが、さすがに試合後は普通の女の子に戻っていた。一方姉の千春は惜しくも僅差の判定負け。試合前から硬かった表情がついに笑顔に変わることはなかった。「銀メダルではうれしくない」とインタビューに答えた彼女であったが、私は立派な成績と評価したい。
果たして、勝つためのセオリーはあるのか。今回の女子レスリング代表選手たちをみていて改めて考えた。もしあるとしたらその共通項は何か。そこのところをまだ読み落としてはいまいかと、再び本書を手にする気になった。
(久米 秀作)
カテゴリ:スポーツライティング
タグ:レスリング
出版元:近代映画社
掲載日:2004-10-10