ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
一流の思考 WBCトレーナーが教える「自分力」の磨き方
森本 貴義
ファンにならない理由を考えるほうが難しい
2009ワールドベースボールクラシック(WBC)決勝戦。3 - 2 の日本リードで迎えた 9回裏2アウト。あと1つのアウトで2連覇が決まるそのとき、ネットで速報をチェックしながら逐一報告してくれる同僚に、「ここは同点になっとかなアカン!」と言い放った私は、彼のみならず周りから一斉にお叱りを受けた。「打順見てみ。結局イチローやったってなるから」という言葉は聞いてもらえなかったが、あの時同じことを願った人は日本中にたくさんいたはずだ。有名なプロ野球選手が一流のアスリートとは限らないと考え、しかもとくにひいきのチームもない私は、昔からファンになるプロ野球選手が少なかった。しかしイチロー選手はファンにならない理由を考えるほうが難しい。隙がないのだ。
型を持つことの重要性
本書は、そのイチロー選手を長年サポートし、WBC日本代表チームのトレーナーも務めた、シアトルマリナーズの森本貴義トレーナーによるものである。ご自身の体験やイチロー選手の生活ぶりから「一流の思考法」が説かれている。しかし「一流になるための思考法」を教授するものではなく、著者が自身の体験を通じて築きあげたプロセス主義や型を持つことの重要性をわかりやすく紹介し、何かのヒントになればというスタンスで書かれており、森本氏の真摯で謙虚な人柄がうかがえる。型が決まりそうになったらどう崩すかを考え、ふらふらいい加減な自分を振り返り、恥じ入るばかりである。
蝶を追って登り詰めた
ところで、そもそも「一流になるための思考法」などは存在するのだろうか。天才をたとえるため引用される言葉に「天才とは蝶を追っているうちに山頂に登り詰めた少年である」というものがある。アメリカの作家、ジョン・スタインベックのこの一文は、「天才」を「一流」という言葉に置き換えてもいい。しかし、これを少年の心のまま好きなことを追いかけていただけ、という単純な意味には受け取れない。
その蝶はそう簡単には捕まえられないもので、もしかしたら自分以外の誰にも見えないものかもしれない。それを捕まえるためには、網に工夫を凝らし、網の振り方に磨きをかけなければならない。網が破れたら、自分の手でそれを修理しなければならないだろう。また、網以外の方法にも考えを巡らせるだろうし、自分で特別な道具をつくり上げるかもしれない。山を登り続けるための体力もつけなければならないし、山の攻略法も人によって千差万別だろう。そしてこの辺でよしと下手に折り合いをつけることもなく、挑戦し続ける覚悟が必要である。
たとえばそうして一流と呼ばれる人ができあがったとしても、そこには一流になるための思考法など存在しない。一流になったその人の考え方があるだけだ。仮に、いよいよその蝶を捕らえられる瞬間を迎えたとしても、もしかしたらその人は蝶をじっと眺めて、その美しさに 1 つため息をつくだけかもしれない。ひらひら跳び去るその姿をそっと見送り、次に追い求める蝶を欲するだけなのかもしれない。多くの一流と言われる人々は、一流になるために一流になったわけではないように思う。それはたどりついたひとつの結果にすぎないのだし、一流でいることが必ずしも幸せな人生と限らないのだから。
話は変わるが。何もわかっとらんとお叱りを受けるのを覚悟のうえで、イチロー選手には引退までにひとシーズンだけでいいので、自分の型を修正しホームラン王争いに絡んでもらえないかと常々考えている。いちファンの勝手な妄想である。
(山根 太治)
カテゴリ:人生
タグ:思考法
出版元:ソフトバンククリエイティブ
掲載日:2009-11-10