ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
アスリートのこころの悩みと支援 スポーツカウンセリングの実際
中込 四郎 鈴木 壯
関わり方の基礎
20数年前、鍼灸の勉強をしている頃に心理学の本を読もうと思い立った。いくつか乱読するうちに、河合隼雄という人の本に出会った。直ちにのめり込み、手に入るものは全て読み尽くさねばと思った。専門書として書かれた本は私にとって読み解くにはハードルが高かった。一方で遊び心満載の楽しい文章が並んだ一般書は、楽しめるとともに示唆に富んだものばかりだった。心理学の専門家を目指したわけでもないし、氏の説くユングの考えに深く傾倒することもなかったが、私の選手との関わり方などアスレティックトレーナーとしての立ち位置はその影響を強く受けた。人の心をわかるといったことではなく、「そこにいて」「役に立つ」ことをするという感覚を得たことは、選手との距離感やアスレティックトレーナーとしての仕事のあり方に教えをい ただいたのと同義だった。アスリートの役に立つ存在として、アスレティックトレーナーもカウンセリングマインドというものが必要なのだ。
極限状態の中で
さて、本書ではスポーツ選手に対するメンタルマネージメントとして、スポーツカウンセリングを題材にそのサポートの歴史やサポート内容の変遷、事例などが述べられている。文中でも引用されているが、およそ50年も前のスポーツ科学研究委員会心理学部会報告書で「スポーツ現場というのは、極端ないい方をすれば、生と死が隣りあっている極限状態における“自己実現の創造性”の闘いであり、“特殊な才能の創造性”の争いなのである。したがって、自分を絶えず極限状態に追い込み、極限状況を日常生活的なものとしなければならない。すなわち、この非常な闘いのなかで、なおかつ人間性の深化への努力を、つねに持続せねばならない。たえず、極限状態に追いつめられる選手が、袋小路に入り込まないように人格的な成長を促進させる援助として、スポーツ・カウンセリングのサービ スが必要なのである。」と述べられている。当時から考えれば驚くほどスポーツ科学が普及した昨今のスポーツにおいても、トップアスリートが「非常な闘いのなか」にあることは想像に難くないし、学生スポーツにおいてもそれぞれのレベルで「極限状態」にあることは間違いないだろう。
そのようなアスリートが、そのあるべき姿ともされる「明るく、元気、爽やか」に常にいることは自然なことなのだろうか。考えてみると昔のアスリートとも言える武芸者たちは、「明るく、元気、爽やか」というイメージを求められたのだろうか。召しかかえてもらうには愛想のひとつも必要だったかもしれないが、豪快という言葉は似合っても、自分の主義を曲げてまで阿る必要はなかったようなイメージがある。いやこれはあくまで想像だが。現代のプロアスリートなどはファンやスポンサーがいてこそ成り立つ経済構造があるだろうし、子ども達の憧れの対象でもあるわけだから、完璧な 人間であることを求められることは理解できる。それをやり遂げているトップアスリートは立派だと心底思う。しかしそれをやり続けるのは想像し難いストレスになり得るだろうとも感じる。
共通するもの
「競技遂行困難」「ケガ、痛み」「身体の病気」「身体症状」「精神障害」など自身のメンタルに問題がいつ起こるかわからない状況で、彼らはそれほど精神的にタフでいられるだろうか。いや、「壁を突き破り成長していく選手がいる一方で、身体の故障、そして自分自身が抱える問題が表面化し、それによって競技遂行が難しくなる」アスリートが少なからず存在するわけで、彼らをサポートする人間は必要だろう。アスリートのためのメンタルトレーニングが事前に用意されたプログラムを手順に従って指導する、いわば「教える」ことが中心のサポートであるのに対して、本書で主に述べられているスポーツカウンセリングは「自己理解が増し、内的な成長、そして競技姿勢 の変化」を期待して行うものであり、アスリート自身が「自己発見的な歩み」を通じて「育つ」ことに主眼を置いている。
これはアスリートのすぐそばでサポートするアスレティックトレーナーの心得にも共通する。スポーツカウンセリングマインドともいうべきものが必要なのである。負傷したアスリートが競技復帰を目的に行うアスレティックリハビリテーションにおいても、心理サポートによってリハビリ期間を短縮できるという。それはカウンセリングの形でなくてもできる。傷害に応じたプロトコールを選手にただ指導するのではなく、選手の状態を的確に評価して問題を把握し、その人の「役に立つ」ことを「そこにいて」アスリートと共につくり上げていくのだ。このほうがアスリートの状態をよりよくできるだろうし、リハビリ期間中に自身の身体を再認識し「自己発見的な歩み」を通して「育つ」ことが期待できるように思う。
本書に河合氏の著書からの引用文がある。「心理療法とは、……可能な限り来談者の全存在に対する配慮をもちつつ、来談者が人生の過程を発見的に歩むのを援助すること」だと。アスレティックトレーナーと置き換えてもいい。
(山根 太治)
カテゴリ:メンタル
タグ:スポーツカウンセリング
出版元:誠信書房
掲載日:2017-09-10