ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
日本人大リーガーに学ぶメンタル強化術
高畑 好秀
「選手の指導」に効く薬
今この書評を目にしている方々は、なんらかの形でスポーツの指導に携わっていらっしゃる方々だと思うので、選手の指導に関しては、一方ならず苦労があることは重々承知のことと思う。私事ながら苦節20年この世界に身を置いて、何度“選手指導の特効薬”はないものか思い悩んだことか……。
なんだか新年早々しみじみした話になってしまったが、特効薬はないにしても、スポーツ指導で成功するための黄金律は存在するのではないかということは薄々感じるのである。そして、その存在を知るには“我々は人間を指導している”という、ごく当たり前の事実に気づくことが重要なのではないだろうか。
人間を社会的動物とみた場合、「マズローの欲求段階説」によれば、人間には5段階の欲求があると言う。この5段階とは下位から生理的欲求、安全・保障の欲求、社会的欲求、自我の欲求そして最高位の自己実現の欲求のことである。
こうしてみると、スポーツ指導の場面においても一選手の持つ欲求はこの段階に沿っているようにみえる。例えば、そのスポーツを始めるにあたっては、今まで自らが満たされないと感じていた部分を満たしてくれそうだという生理的欲求が動機として強く働いたと考えられるし、次にそのスポーツを継続するには未来への安定つまり生活の安全や保障欲求が満たされることが重要である。
そして、次第に欲求は高位へと高まり、そのスポーツに携わっていることへの社会的認知が得られ、人々から尊敬されることで自我の欲求を満たし、理想的な自己の確立を成し得ることで、果たしてそのスポーツに携わった喜びを得ることになるのである。
選手には、選手という以前に、一人間としてこうした欲求があることを先ず指導者が理解することこそが指導の“特効薬”ではないだろうか。
メンタル強化術
さて、今回ご紹介する本書では、選手指導の特効薬的方法論として“人間の心理”を理解することをテーマとしている。
内容は、場面設定の多くが会社の上司と部下の関係における心理、つまり部下に如何に余計なストレスを感じさせずに仕事に集中させるかとか、部下のやる気を育てるには上司はどのような発言や行動をとるべきかというような形で書き進められているが、これはこのまま指導者または監督と選手の関係においてもありえることであるので、本書の内容は十分スポーツ指導現場において応用可能である。
これについては著者も意識したのであろう、各章の最後には日本人大リーガーを含めた大リーガーたちのメンタル強化術について触れられており、大リーグの指導者やトップ選手が本書に述べられているような心理作用をどのように指導や自らのメンタルコントロールに用いているかについて興味深い話を載せている。
著者が現在まで、イチローら多くの一流プロ野球選手のメンタルトレーニングを指導した経験がここに生かされているようだ。
スポーツにおけるメンタルコントロールについては、日本はまだ欧米からみるとようやく端緒についたばかりに思える。
しかし、今後日本の一流選手がTV画面を通して、メンタルな面を強調したコメントをより多くすれば、必ずやそれを見ている次世代の子どもたちは、新鮮なスポーツ感覚を磨くことであろうし、これは結果的に日本におけるスポーツという文化の深遠を深め、発展に繋がることになるであろう。
今年はこれを期待しながら、スポーツ関係者の皆さん、一年頑張ろうではないか。
(久米 秀作)
カテゴリ:その他
タグ:メンタル
出版元:角川書店
掲載日:2004-02-10