ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
客観性の落とし穴
村上 靖彦
客観性という概念はたかだか200年くらい、特に西洋文化のなかで言われはじめたに過ぎず、まるで統計や数字が、事物や事象、あるいは人そのものを表しているような風潮は行き過ぎではないか、それらが有用なデータであるのは確かにそうだが、その尺度だけでは測れないものがあるだろう、というのが、大雑把なまとめになるだろうか。
実際のインタビューではだいたい2時間くらい、話を聞く。そのときの話の流れで、即興的な語りを聞く。
意識せずに口をついて出てくる言葉から、浮かび上がってくる、それぞれの経験。交わらないリズムとして表現される生々しいリアリティを読む。それではじめて分かることがある。
統計や数字をみてわかる傾向と、個別の視点に立ちはじめて腹落ちする現実があると思う。
数年前、あるひとに話を聞いた。アメリカで海洋生物学を学んでいた大学時代、難病を発症し、帰国を余儀なくされた。そこから闘病生活に入り、手術をするかどうかの決断を迫られることになった。医師からはかなり高い確率の成功率と、きわめて低い失敗率を伝えられた。
でもそれってなんの慰めにはならない、自分にとっては生きるか死ぬかであり、コインの裏表どちらがでるか、つまり半分なんだ、とそのひとは言った。それはとても、説得力のある言葉だった。
統計や数字でわかることがたくさんある一方で、今を生きる現実存在を取りこぼすことも多々あるのではないだろうか。客観性のみを真実とすることはかなり危うい。
(塩﨑 由規)
カテゴリ:その他
タグ:客観性
出版元:筑摩書房
掲載日:2023-07-25