ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
骨盤力 アスリートボディの取扱い説明書
手塚 一志
臍下丹田という言葉はトレーニング専門家の中でも馴染みがあるだろう。私も「肥田式強健術」についての書物の中で出会った。もう20年ほど前の話だ。創始者である肥田春充氏の、にわかには信じがたい超人伝説に鼻白み、深く追求する気にはなれなかったことを覚えている。しかし氏の唱える「腰腹同量正中心の鍛錬」には、身体の中心を意識し、全身をつなげるトレーニングのヒントが隠されていた。科学的な方法かといわれれば答えに窮するが、それ以降トレーニングの際には腹のあり方を意識するようになった。これは自分のトレーニングのみならず、トレーナーとして指導を行うときにも根幹にあり、工夫を重ねた要素である。
そもそも腹を練るということは武術の世界のみならず、日本人の所作の中に古くから存在していたのだろう。体幹トレーニング、コアトレーニング、スタビライゼーションなどアプローチ法は変わっても、同じところを求めているようにも思える。
さて、本書は野球界で有名な手塚一志氏の著書である。アスリート技能調整技師(パフォーマンスコーディネーター)という肩書きを持つそうだ。著者はアスリートの身体を操作するレバーは骨盤の弓状線だということを説いている。それにしても、「W-スピン」「フローティング・アクシス・スピニング」「クオ・メソッド」など独創的な言葉が飛び交い、面食らってしまった。著者は創造力とユーモアのセンスにあふれているようだ。
ただ気をつけなければならないのは、本書で述べられる解剖学や運動生理学的表現をそのまま理解しないこと。専門的な基礎をつくるためには、他書が必要だ。本書は、あくまでも身体を動かすイメージを、アスリートが理解しやすくするために解剖学的、生理学的表現で伝えていると考えたほうがいい。
うまくいっているアスリートは著者の理論に当てはまり、そうでない者はそこから外れていると捉えられる用例が多い。動作解析やボールの流体解析など共同研究者との科学的研究も行われているようだが、これが万人に共通するとの強引な断定はその結果から飛躍している。読者としては賛否両論がはっきり分かれるだろう。ただ、プロ野球選手から少年野球選手、そして他競技と、数多くのアスリートを指導する中で培われた指導法をアスリートがイメージしやすいように体系化し、指導実績を挙げていることは素晴らしいことである。アスリートが高いコンディションをケガのない状態で獲得し、自らの持てる力を最大限発揮することがコーチやトレーナーの役割なのだから、多くのアスリートがその恩恵を受けているのであれば言うことはないのだ。
それにしても、少し前はうねらない、ためない、ひねらない動きの古武術身体操法がもてはやされ、またこちらではためてうねる動きを説いている。幼いアスリートたちは氾濫する情報に混乱するかもしれない。
あえてアドバイスを送るなら、1つの理論を盲信せず、さまざまな理論から「いいとこ取り」をするくらいのつもりで学ぶこと。多様な考え方を仕入れた後に最も大切なことは、自分自身と向き合い、自分で感じ、考え、追求する姿勢だ。たとえば巷で騒がれているジャイロボールを投げることが名投手の条件ではないように、骨盤の使い方は重要な要素ではあるけれど、全てではない。ほかにもやるべきことはたくさんあるのだ。本書で著者も述べている。「選ぶのは君である」。
(山根 太治)
カテゴリ:身体
タグ:骨盤
出版元:ベースボール・マガジン社
掲載日:2009-03-10