ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
黒人リズム感の秘密
七類 誠一郎
その呼称が適切かどうかはさておき“黒人”と聞いて世の中の多くの人々が思い浮かべる彼らの長所は、優れた身体能力やリズム感、長い手足と美しいプロポーションなどなどであろう。もちろん実際には千差万別で、黒人でも運動の苦手な者もいれば日本で言うところのメタボリック体型の者もいるわけだが、黒人アスリートやミュージシャンの素晴らしいパフォーマンスを見るにつけ、やはりこうした最大公約数的なイメージは的を射ていると言える。
本書はその中でも、彼らの優れたリズム感を自らの専門分野であるダンスを通じて考察し、『インターロック』や『パルスリズム』という後天的に獲得可能なスキルとして理論化している。実際、とくに後半のスキル解説などはダンスをかじった者としてもうなづける部分が多く、さすがは現場でトップクラスとして活躍するダンサー兼コレオグラファー、と納得させられる。
が、だからと言うべきか、あえてと言うべきか、われわれスポーツ科学分野の人間としてはついつい求めたくなるエビデンスの報告は本書内にはない。数値化・視覚化されたおなじみのデータやグラフといったものは皆無といってもいい。このことは著者であるトニー・ティー(七類誠一郎氏、れっきとした日本人であり、運動生理学の修士号も持っている)自身も断っており、「データを揃えることの大切さも重々承知している。(中略)しかし、これはこれでよいと思っている。私はダンスの実践者だ」という一節が最終章で潔く語られている。
トレーニング指導というジャンルにおいて、同様に現場の「実践者」として活動させていただいている身としては、この潔い一言にこそ大いに共感させられた。研究報告と実践報告の違いをしっかりと踏まえたうえで、それでも「着眼点と発想は我ながら秀逸であると自負している」と、堂々と世に問うスタンスは昨今のトレーニング界でよく見られる、そうした自覚すらなくビジネス優先で喧伝されるメソッドやギアとは一線を画すものではないだろうか。
独特の語り口に好き嫌いは分かれるかもしれないが、ストレートなタイトルも相まって、本当に“潔い”一冊である。
(伊藤 謙治)
カテゴリ:身体
タグ:リズム感
出版元:郁朋社
掲載日:2012-10-14