ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
裸足ランニング
吉野 剛
私も裸足好きの一人である。しかし、残念ながら今のところ、私の暮らしている社会では裸足のまま出歩くわけにはいかない。いくら裸足が身体によいことが立証されたとしても、家の周りを裸足で歩いたり走ったりしていては、ご近所の人にどう思われるだろうか。家族からも、恥ずかしいからやめてと言われるだろう。しかし、本書のような本が出ることで、裸足が1つのスタイルとして認知されれば、私も大手を振って裸足で出歩けるというものだ。
本書の中で、裸足ランニングの火付け役として「BORN TO RUN」(クリストファー・マクドゥーガル著・NHK出版)が紹介されている。しかし、その舞台は山岳トレイルのウルトラマラソン。一部の特殊な人たちのことのようで遠い存在だが、本書の舞台は近所の公園。これはいい。ぐっと身近だ。その気になったらすぐにでも実行できる。もしあなたの家族に小さな子どもがいるのなら、子どもと一緒に芝生のある公園で裸足になって遊んだらいい。それなら他人の目も気にせずに裸足の心地よさを堪能できるだろう。
私が裸足についていろいろと調べたのは大学の卒業論文を書いているときだ。そのタイトルは『各種履物からみた歩行における踵の動き』という。さまざまな靴を履いて歩き、下腿と踵の角度変化のパターンを比較し、履物が歩行に及ぼす影響を考えるという内容である。その際に基準としたのが、裸足歩行での角度変化パターン。つまり、裸足歩行のパターンと似ているか違っているか、という観点で履物の比較をした。つまり、「裸足歩行は最も自然で身体を傷めない理想的な歩行である」という前提であった。裸足や履物についてのさまざまな文献を読んだ影響だろうか。それ以来、自分なりに生活の中でできるだけ裸足になったり、シューズを選ぶ際にも裸足の感覚に近いかどうかということを重視するようになった。そんな縁もあってか、偶然、本書『裸足ランニング』が目に飛び込んできて即、購入。私が本書を画期的だと思うのは、屋外を裸足で走るためのハウツー本だということだ。裸足で走るためのトレーニング方法というのが面白い。しかし、正直に言って、少々残念な点があることも否めない。なぜ裸足ランニングなのかという強いメッセージが感じられない。たとえば「裸足ランナーへの10のメッセージ」。「自然に帰ろう」という言葉で始まっているが、最終的に「気持ちよい思いをして、なおかつ走力がアップするなんて、最高でしょう?」と締めくくられている。また別の箇所では、裸足ランニングを取り入れたらレースで大幅に自己ベストを更新した、というようなことが書かれている。これでは走力アップのためのトレーニング手法の1つでしかないという印象を受けてしまう。裸足になることで足が本来持っている機能が最大限に発揮され、それによってタイムが大幅に向上する可能性があることを示し、裸足のよさをアピールしたいのだということはよくわかるのだが。
ランニングシューズは走るための道具として発達してきたはずだ。仮にそれが、かえって足の故障を誘発しているとしても、たまたまその設計思想が間違っていただけで、「ランニングシューズは要らない」という結論に直結するとは思えない。もしかして、今後さらに研究が進み、より優れたシューズが開発され、本当に必要な道具として発展してゆくかもしれないのだ。
裸足について調べたり考えたりすればするほど、疑問がわいてくる。「裸足ならば自然で理想的な状態なのか」「そもそも自然な状態が理想的なのか」「ランニングシューズという道具は本当に不要なのか」といった問いを、私は卒論以来、未だに抱えたままである。先行研究や著者自身が行った実験の結果、さらに裸足ランナーの実例を紹介し、「『裸足=ケガが多い』は科学的根拠がない」と述べているが、「裸足=ケガをせずに速く走れる」ことや「全てのランニングシューズがケガを誘発する」こともまだまだ科学的根拠が乏しいと言えるのではないか。
私は裸足ランニングにも興味がある。しかし、どんなにそれに心酔しているとしても、こういうことを一人一人が問い続け、議論を深めなければ、一過性の流行で終わってしまうと思う。本書がランナーたちにどんな波紋を広げるのか。果たして裸足ランニングは普及するのか。これからが楽しみだ。
(尾原 陽介)
カテゴリ:運動実践
タグ:ランニング
出版元:ベースボール・マガジン社
掲載日:2011-02-10