ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
ろくろ首の首はなぜのびるのか
武村 政春
でたらめも真顔で力説すれば真実に聞こえる──世の中にはそういったことがいくらでもあります。そういった嘘に騙されないために勉強し、正しい情報や知識を得ながら、人は大人になっていきます。真偽の見極めができる大人が、真実ではないということを承知の上で嘘を楽しむことができれば、これは1つの遊びになります。現実的にはありえないことを筋道立てて展開することにより成立する文化は、いくつも存在します。小説もしばしばそういった手法をとりますし、架空の話に笑いという要素を含めると落語にもなります。言語ではなくものを使って虚偽を表現する手品も同じだと思います。真実は大切ですが、「真実ではないこと」のすべてが悪いということではありません。そこに遊び心があれば人々の心の潤滑油になることは皆さんご承知でしょう。
前置きが長くなりましたが『ろくろ首の首はなぜ伸びるのか』というタイトルは多くの人の興味を引くでしょう。ろくろ首は妖怪という架空の生き物(死んでいるかもしれません)であり、夜中に首が伸びて行灯の油を舐めるというストーリーは有名です。首が伸びるという摩訶不思議な現象について具体的な解説があるのならば一度は聞いておきたいと思うのは自然なこと。もともといるはずのない生物の実体を解明するという矛盾を容認する遊び心があれば、荒唐無稽な論理も楽しめるというのが本書の魅力だと思います。
大人を騙そうというのですから、子どもだましではいけません。きちんとしたデータに裏づけされた整合性のある論理でないと読むに値しません。しかしご安心ください。各項目において生物のデータ、きちんとした科学的事実などを提示したうえで筆者による考察が展開されていきます。ここまで堂々と現実世界にないことを推論されると「なるほど」と相づちを打たざるを得ません。子どもの頃、疑問に思っていたことも謎解きされて、数十年たった今、胸のつかえが取れました。
本書における登場人物は実に多彩。日本を代表してろくろ首・豆狸・かまいたちなどが登場したかと思えば、ドラキュラ・人魚・ケンタウロスなど西洋の物語に出てくる架空の生き物にまで話が及びます。古典的なものだけではありません。モスラや「千と千尋の神隠し」のカオナシまで登場します。ドラキュラは日光に当たると灰になるのはなぜか? ケンタウロスの持つ人間の胴体と馬の胴体。その中にはいったい何が入っているのか? ろくろ首の頚筋群の細胞はどのような構造を持つのか? 巨大化したモスラの悩みとは? とにかく奇想天外な切り口で彼らの正体を暴きます。
底の浅い適当な理屈ではありません。用意周到というか膨大な資料を元にした研究結果といえるまでに昇華したでたらめです。力強く引き込まれました。
(辻田 浩志)
カテゴリ:人生
タグ:生物学
出版元:新潮社
掲載日:2012-02-15