ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
スポーツ医学の実証 30歳からの自己トレーニング あなたの方法は間違いだらけ
森 健躬
健康ブームが訪れて久しい。スポーツ人口も増え、それ自体は誠に結構なことである。しかし、科学や医学の正しい認識をもってトレーニングをしている人はまだまだ少ない。この本は、「30歳からの……」とうたっているが、何歳の人にでも読んでいただきたい。著者は、東京厚生年金病院の整形外科部長であり、自らジョギングを行い、学生時代には陸上競技を行っていたという森健躬(もり・たけみ)氏である。
このページで本書を紹介するのは、得てして新書判のこの種の本は「これであなたも健康に」とか「これを読めばグングン体力がつく」といったニュアンスの表現で読者の目を引こうとするものだが、本書は、あくまでトレーニングにおけるスポーツ医学の重要性を強調し、医師の立場から多くの警告と注意を促し、スポーツを行う人全員に、正しい見識を与えてくれるからである。
「プロローグ」で著者はこう語る。「人体の医学というものは、大変に複雑で、すべてが完全にはわかってはいない。その上に厄介なことに、一人一人の持つ条件も大変違っている。とくに、スポーツの世界では、体の科学の研究が始められたのが、まだ新しいので、トレーニングの科学もまだまだはっきりしていない。そのために、一種の直感でやってきたトレーニングが、たまたまある人にうまく合うと、それが正しい方法と簡単に判断されて、それを他の人にも指導するということが、これまで行われてきた。しかし、それぞれ、体力や能力が違う人に、こんな方法では正しい効果を生むわけはないのだ。それどころか、それこそ合わない人にとっては、“トレーニング”ではなくて“しごき”に過ぎなくなっていたり、体力をつけるどころか、体力をなくすことになってしまう。最近、私達臨床医が病院へくる患者さんをみていると、科学性を無視した間違ったトレーニングによって、体力をこわした人がなんと多いことか!」
これはスポーツマン全員に関係する発言である。この前書きのあと、第1章「自己トレーニングかん違いの恐さ」で「ランニング中、水を飲むな、は大きな誤解」とか、「うさぎ跳びは百害あって一利なし」とか、「過熱した少年野球の知られざる障害」など20項目にわたり、誤った考えを指摘している。また第2章「この“スポーツ医学”だけは知っておこう」では、「水泳がかえって皮下脂肪を増やす」「テニス肘は無理の証拠だ」「千本ノックは野球を下手にする」など興味深い項目を18並べて解説している。第3章「体を強くするトレーニング術」は、競技選手向けではないがトレーニングのヒントは豊富にある。第4章「この自己チェック法も忘れないこと」ではトレーニング商品の正しい使い方、選び方を述べている。そして最後の第5章ではお医者さんらしく「“応急手当”この方法を知っておけ」と題し、運動中よく起こる怪我に対する応急手当てを簡潔に述べている。「捻挫は冷湿布しすぎると治りが遅い」とか、「つき指は指をひっぱって治すのは大間違い」など、8項目で解説している。
スポーツ医学の観点からトレーニングについて述べる一般書はほとんどないが、その意味で非常に意義ある本であるといえよう。スポーツ医学をスポーツマンのものとしても定着させるという点でこの種の本がこれから多く世に出されることが望まれる。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
カテゴリ:スポーツ医科学
タグ:スポーツ医学
出版元:青春出版社
掲載日:1980-11-10