ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
見つける育てる生かす
中村 清
「精神論だけで勝てる──とんでもございません。一所懸命トレーニングする選手に、それなりのトレーニング法を与えられなかったら、コーチ失格です。レースにおいて戦術を練る、このことも日頃の情報、分析、研究が大きくモノをいうのであります」
瀬古、佐々木七恵を初め、世界、日本のトップ・ランナーを育ててきた著者、中村氏の言葉である。本書は「半世紀以上におよぶ陸上競技行脚の道」を歩んできた著者が、自分の信じて行ってきた指導についてを率直に語った書である。
中村氏の指導がマスコミで取り上げられるとき、そのほとんどが、「天才は有限、努力は無限」という言葉に代表されるような、“精神論”に関するものばかりである。『正法眼蔵』や聖書などの言葉から、選手たちに“精神論”を説くのは、実際、練習の1つとでもいえるもののようだ。しかし、冒頭に引用した言葉からもわかる通り、中村氏自身、“精神論”で勝てるなどとは決して思っていない。むしろ誰よりも、情報収集・分析・研究、そして科学的トレーニングに熱心であり「中村はまた、世界の一線級のいかなる選手の練習法、理論といったものもみな知っております」という言葉のなかにも、そのことがよく現れている。
中村氏の場合、いわば方法を知り、実践を行うなかでの“精神論”なのだということが、この本からよくわかる。もっといえば、方法を知り、実践をするなかでこそ、“精神論”が真にその意味を持ってくるのである。実践の伴わない“精神論”の多いなかで、この本は、“精神論”だけでは何も成り立たないということを解き明かしてくれていると読むこともできるだろう。
選手を「見つける育てる生かす」ための指導書であるとともに、陸上競技に打ち込んできた中村氏自身の“自伝”でもある。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
カテゴリ:指導
タグ:マラソン
出版元:二見書房
掲載日:1984-09-10