ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
心を整える。──勝利をたぐり寄せるための56の習慣
長谷部 誠
揺れ動く己の心を
あの筆舌に尽くしがたい災厄の後、「心を整える」ことが難しい日が続いている。被害のなかった安全な地にいることに罪悪感を持つ自分に気づき戸惑う。スポーツや音楽が持つ、人の心を奮い立たせる力も及ばない、深い暗闇の中に震える人々がまだ大勢いると考えずにはいられない。だからといって視線を落としているなど無意味なことだとわかっている。たとえ自己満足に過ぎないとしても、自分にできるごく小さなことをただ黙々と実践し続ける。そして目の前の家族を守ることに精を出し、日常の仕事に打ち込むのだ。それを可能にするためには、「人として正しいこと」をもう一度見つめ直し、揺れ動く己の心をあるべき立ち位置に整えなければならない。
いるべき立ち位置
ブンデスリーガのヴォルフスブルグに所属するプロサッカー選手、長谷部誠氏による本書は、彼がどのような考えで己の心を整え、覚悟を持って生きているのか紹介されている。彼は柔と剛、自信と謙虚さ、繊細さと大胆さ、頑固さと柔軟さといった種々の相対する要素において、極端な方向に振り切れることなく、自分がいるべき立ち位置を決めている。その位置は決して楽な場所ではない。いつも周りの高い期待に応えなければならない、そして何より自らが課した己への期待に全力で応えなければならない厳しい場所だ。いったんその立ち位置を決めたら、納得がいくまで絶対に譲らない。サッカーという強力な柱を中心に、彼は自分がどう生きるべきかを常に自身に問いかけているのだ。
2010年ワールドカップでは日本代表チームのゲームキャプテンとしてベスト16という成績を収め、AFCアジアカップ2011ではキャプテンとして優勝に導いた。自分ではキャプテンとして何もしていない感覚だと本書に記されてはいる。しかし、エゴが強く、ともすればチームの中心から浮遊してしまう個性的な代表選手達を、そこから遠ざけすぎない求心力を彼は持っているのだろう。それは突出したテクニックを持たないことを自覚した、彼の献身的なプレーと相まって、中田英寿のようなスーパースターには却ってできなかった効果を、チームにもたらしている。
小さな自分が取り組めること
彼は2007年から、ユニセフの「マンスリー・サポート・プログラム」を通して、世界の恵まれない子どもたちへの支援活動を続けている。本書の印税もユニセフを通じて全額、東日本大震災の被災地に寄付される。お金の問題ではない。スポーツそのものが困難に立ち向かい自らの限界に挑む象徴であるが、それに加えて彼は「人として正しいこと」を突き詰めて率先垂範しようとしている。
このような生き方は、現代社会に生きる一般人にとって、言葉で言うほど簡単なことではない。しかし、この大難の時にそこに関心を寄せ、人として自分は何ができるのか考え続けることに必ず意味はある。小さな自分が取り組めることを探しながら、今日も「心を整え」、雄々しくあらんと、空を見上げて生きている。
(山根 太治)
カテゴリ:人生
タグ:サッカー メンタル
出版元:幻冬舎
掲載日:2011-07-10