ATACK NET ブックレビュー
トレーニングやリハビリテーションなど、スポーツ医科学と関連した書評を掲載しています。
スポーツ倫理学講義
川谷 茂樹
今、ロンドンオリンピック、それに引き続いてパラリンピックが開催されている。ニュースを聞いていると、金メダルを逃した選手、選手の取り巻きからこんな声が聞こえてきた。「銀メダルが金メダルより素晴らしい」。私は違和感を禁じえなかった。「おいおい、本気? 金メダルが取れる状況にあっても、取らなかったかも知れないって言っているんだよ。本気で銀メダルのほうが素晴らしいって信じているの? あなたが金メダルを取っていたらそんなコメントしないよね。それがどうしてかって一度考えてみたら?」
スポーツは「清潔、健康的、紳士的」などなど漠然としたプラスイメージを持たれている反面、オリンピックのように「競技スポーツには“勝利”の二文字しかない」という残酷な一面を持つことを誰でも直観的に感じているのではないだろうか。競技スポーツとは、決められたルールに基づいて一番優れた選手(あるいはチーム、団体)を選ぶことにほかならない。ある競技に参加する、と決めた瞬間に選手は頂点を目指す宿命を背負う。身体を強化し、肉体を苛め抜き、精神を鍛錬する。そうしてただひたすら勝利を目指す。選手が目指す方向は、先に示したスポーツが持たれている「健康的」というイメージからどんどん離れていくのである。
その一方で「オリンピックには参加することに意義がある」という言葉も残されている。勝たなくてもいいのか? 参加しているだけで本当に競技者としての意義はあるのか?
同時にスポーツはエンターテイメントとしての性格を強く帯びている。オーディエンスはヒーロー、ヒロインの登場を待ち、その活躍に期待する。見ていてワクワクしないようなスポーツは単純に言って「つまらない」のである。つまらないスポーツにはスポンサーはつかない。すなわち経済的に成り立たない。実に残酷である。
このようにさまざまな顔を持つ「スポーツ」と我々オーディエンスはどのように関わっているのか、関わっていくべきなのか。そもそもスポーツの根源と思われているスポーツマンシップって何? そう考えを進めると、私はどんどんわからなくなった。本書はこれらの疑問を丁寧に解き明かし、こんがらがっていた思考の糸を少しずつ解いてくれる。論理展開に慣れないうちは論点がどこにあるのか見失うこともあったが、哲学、倫理学、法律などとは無縁の私でもわかるように論理を進めてくれている。また、格闘技由来のスポーツの一例としてボクシングを取り上げ、その意義を考えている。
結論には賛否両論あろうかと思う。ただ、その賛否両論はきっと感情的な問題だけであって、議論の本質は多くの方の納得を得られる内容ではないかと思う。読後、「人間ってぇのは自分の得にならないことは積極的にやらない。もしかしたら競技スポーツとは、人間のエゴがもっとも露骨にぶつかり合う場面の1つかもしれないなあ…」と思った次第。皆さんは何を考えるだろう。
(脇坂 浩司)
カテゴリ:その他
タグ:倫理学
出版元:ナカニシヤ出版
掲載日:2013-03-29