子どもにスポーツをさせるな
小林 信也
衝撃的なタイトルである。著者の小林信也氏が「30年以上にわたってスポーツの世界で仕事をしてきた」作家だと知ればなおさらかもしれない。
だが、スポーツが視聴率主義、商業主義、勝利至上主義などでがんじがらめになっており、取り組む目的やそこから何を学ぶかが置き去りになってしまっている現状が、ゴルフの石川遼選手から氏の住む武蔵野市の中学校まで幅広い実例を交えて繰り返し述べられているのを読むと、氏が心からスポーツを敬愛し、だからこそ危機感を抱いていることが伝わってくる。
マスメディアや関係者が視聴率や利益の獲得を目指す際、意図してか意図せずかスポーツの本質には触れられない。第五章「あたらしいオリンピックの実像」内で東京五輪招致について言及した部分では、日本国民、の前に東京都民であっても招致に向けた流れに乗りきれない、どこか他人事のように思える不思議さや違和感の正体はこういうことだったのかと気付かされた。
とは言え、本書はマスメディアに疑問を呈することが目的ではない。視点はあくまで現場に携わる作家より上にはならない。それは、小林氏が小学生の息子さんとともに、現在進行形で、自らの身体を動かしてスポーツに取り組んでいるからではないだろうか。
通読すると、“スポーツをさせるな”というタイトルは、親を含む大人がさまざまな思惑を持って子どもにスポーツを“させる”のではなく、子ども自身が楽しいから、好きだからスポーツをする。もしくは子どもとスポーツをしよう、ということを表しているのではないかと思えた。
(北村 美夏)
出版元:中央公論新社
(掲載日:2011-12-13)
タグ:スポーツ報道 野球 ゴルフ サッカー 五輪 教育
カテゴリ スポーツ社会学
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子どもにスポーツをさせるな
小林 信也
スポーツの醍醐味
みんな黙ったままうつむいていた。薄暗いロッカールームのこもった空気に、戦い終わった男たちの汗の匂いが溶け込んでいた。少しの涙も混ざっているようで、それが空気をやや重たくしていた。通路を挟んで反対側にあるロッカールームで歓声が上がった。幾人かの男たちの目からみるみる涙がこぼれ出し、嗚咽が洩れた。男たちのキャプテンが、男泣きに泣きながら、ロッカールームに戻ってきた。監督に支えられながら、やっとのことで立っていた。
少し経って落ち着きを取り戻した彼は「俺たち無敗ですよね」と笑顔を見せた。その笑顔は素晴らしい男の顔だった。私がトレーナーとして帯同していた高校ラグビー部が、全国大会の準決勝で同点抽選の上決勝進出を逃したときの出来事である。この成長こそがスポーツの醍醐味だ。その顔を見て心の底から実感させてもらった。
嘆きではなく
さて「子どもにスポーツをさせるな」と銘打った本書はスポーツライターである小林信也氏の著作である。もちろんこのタイトルを額面通りに受け取るわけにはいかない。知れば知るほど突きつけられるスポーツの闇の部分に、懐疑的になりそして悲観的になり、そこに飛び込んでいく無垢な子どもたちに不安を感じることは確かにある。
しかし本書は、今さらその嘆きを世に叫ぶものではない。小林氏は42歳のときに男の子を授かった。上の娘さんとは14歳違い。そのお子さんの成長過程で、「悲観的なスポーツライターは、確かな指針を得て前向きなスポーツライターに生まれ変わった」という。そう考えるに至った過程が、本書のテーマになっている。
勝利へのこだわりは悪いものではない
WBC 決勝の国歌斉唱の際にガムをかむ選手。勝つためには手段を選ばない指導者。言動と行動にギャップのあるお偉い様。麻薬に手を出す選手。スポーツの本来持つ恩恵から見放された例は数多い。その一方でスポーツを通じて己の心身と向き合うことに気づくものがいる。生と死を実感し命の尊さを知るものがいる。困難を克服してできなかったことができることの喜びを知るものがいる。礼儀や感謝の気持ちを知るものがいる。「スポーツ」というひとくくりでは到底考えられない。この社会に起こるすべての事象にはプラスとマイナスの顔が混在しているのだ。
たとえば、勝利にこだわる姿勢を勝利至上主義という言葉にしてしまうと、それが悪いことであるかのような印象を受ける。しかし勝つためにありとあらゆることに努力することは決して悪いことではない。勝つために何をしてもいいということではなく、勝つという目標に向かって、己を磨き、仲間と力を合わせ、スポーツを離れた日常生活におけるすべての取り組みを見直す。そうして磨き上げたもの同士が戦えば、自分のことも、相手のことも自然に尊重できるようになるだろう。理想論ではあるが、それこそがスポーツを通じて可能な、大人への成長ではないだろうか。本書でも好例としてプロゴルファーの石川遼選手のことが取り上げられている。確固たる自分自身の核を持ち、マスコミの無責任な馬鹿騒ぎっぷりを実力で何と言うこともなく制してしまったあの若者は瞠目に値する。
男の顔を
実は私も42歳のときに初めての子どもとして男の子を授かった。彼はこれから混沌とした世界の中でさまざまな人々に出会い、喜びや悲しみを知り、誰かを傷つけては誰かに傷つけられ、馬鹿な夢を持っては希望に溢れ、時にどうしようもない絶望という壁にぶち当たるだろう。そんな現実に立ち向かっていく若い力を、その可能性を信じたいと思う。先回りして段取りしすぎることは控えたい。いざというときにはガツンと軸を正してやらなければならないし、また時には強く抱きしめてやらなくてはならない。そして自身で自分をつくり上げるべく努力し、男の顔を手に入れてくれればいい。
スポーツはその成長のために、唯一とは言わないが非常にいい手段だ。いつか自分の息子が男の顔になったと実感できるまで、親父にできることは、男の目で見つめられても恥ずかしくないよう己を鍛え続けることくらいだ。
(山根 太治)
出版元:中央公論新社
(掲載日:2009-09-10)
タグ:スポーツセーフティ
カテゴリ エッセイ
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子どもにスポーツをさせるな
小林 信也
かつて、ラグビーの日本代表監督を務めた宿沢広朗さんが、言った言葉がある。「これほどの努力を人は運と言う」。楕円形のラグビーボールが、最後に自分たちに弾んで勝利につながった。素人がやったなら「ラッキーバウンド」である。しかし、何百、何千回と繰り返し練習している者からすればそれは、「ラッキーバウンド」ではない。勝利のための「準備」があったからこその結果なのである。勝利至上主義ではいけない、しかし競技スポーツは勝つことが目的である。勝つことを目指すからこそ、「準備」が大事になってくる。
「準備不足」ではなかったかと、WBCの4番バッターがケガをして帰国したことを著者はこう語る。今、茶髪やモヒカンが悪いと言えば、「考え方が古い」「それと打撃は関係ない」と言われそうだが、真っ直ぐな姿勢は何に取り組むにも基本中の基本だ。普段の姿勢は、スポーツのパフォーマンスにも直接影響する。頭や理屈で言い訳できる分野ならともかく、スポーツは身体でやるものだ。だから、ごまかせない。謙虚さを失い、ひたむきさをなくしたらそれが身体の甘さ、隙につながる。だからこそ、スポーツは貴いのではないか。スポーツ界はいま、もっとこうした原点を見直し、改めて共有すべき時期にきている。
現在、競技スポーツに携わる者の一人として、著者の言う「スポーツの原点」を共有したいと思う。
Chance visits the prepared mind ――幸運は準備した者に味方する。
(森下 茂)
出版元:中央公論新社
(掲載日:2012-10-13)
タグ:ジュニア
カテゴリ エッセイ
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メンタル・タフネス
ジム・E. レーヤー 小林 信也
インターネットでメンタルトレーニングの本を検索してみると400冊を超える本がヒットする。これを見れば心の重要性に誰もが気づき、関心があることは疑いがない。本書は、1987年に初版本が発行され、メンタルトレーニングに関する草分け的書物である。当時、高校三年生であった私は、夏の甲子園予選を前に監督からこの本を読むことを勧められ、手にとった思い出深い本である。
著者であるジム・レーヤーは、テニスプレーヤーとしてナショナルランキング入りの経験を持つ、スポーツ心理学の権威である。テニスのトッププレーヤーであるナブラチロワ、サバチーニなどを指導して大きな成功をもたらしている。また、スピードスケートのダン・ジャンセンを1994年のリレハンメルオリンピックで金メダル獲得に導いている。
メンタルタフネスとは、出来事に対するセルフ・コントロールの技術である。具体的には一流選手が身につけている「正しい態度を身につける」「正しい思考習慣を身につける」ことである。メンタルタフネスは技術なのでトレーニングすることで獲得することができるというのがジム・レーヤーの主張であり、今日のメンタルトレーニングにもつながっていく。ジム・レーヤーは、“スポーツは心理状態を映す鏡だ”と捉えている。心理状態をコントロールする技術を身につけることが最高のプレーを引き出し、それがスポーツするうえでもっとも重要なことであると述べている。自分自身のコントロールだけは自分で完璧にコントロールできる。その技術を身につけることで、つねに理想的な心理状態でプレーすることが可能になる。その技術がメンタルタフネスである。
前半部分でメンタルタフネスの構造について分析している。理想的な心理状態を得るためには心理面を12の項目に分けている。12の項目について丁寧に説明され、その中には、従来の理解とは正反対の内容も含まれている。たとえば、物事をポジティブに捉えることの重要性がよく言われるが、ロー・ポジティブ・エネルギーよりもハイ・ネガティブ・エネルギーのほうがよい結果を出せる心理状態であるといったことなどである。
後半部分でメンタルタフネス(セルフ・コントロール法)を獲得するためのトレーニング方法が実施する時間や期間なども含め詳細に書かれている。評価用紙やその他の記入用紙もあるので、それらを用いながら実践していくことも可能である。トレーニング方法は、現在、行われているメンタルトレーニングの方法がほぼすべて網羅されている。これらが段階的に書かれている。また、特筆すべき内容は、チームの理想的心理状態についての著述があり、チームワークを高めるポイントなども書かれている。チームの心理状態について書かれている本はとても少ないので貴重である。
長期目標、中期目標、短期目標の設定や呼吸法など私も行ったことが幾度とあるが、いかに段階を省いて、適当に行っていたのか理解できる。継続している期間もジム・レーヤーが指定した期間に比べ、とても短い期間で次に進んでいた。また、本書を読み終えることでメンタルトレーニング全体を俯瞰することもできる。メンタルトレーニング、心に興味がある人には、スポーツ選手や指導者だけでなくビジネスマンなども心理面を学ぶうえでよい本である。
(服部 哲也)
出版元:阪急コミュニケーションズ
(掲載日:2012-10-16)
タグ:メンタルトレーニング
カテゴリ メンタル
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「野球」の真髄 なぜこのゲームに魅せられるのか
小林 信也
少年時代野球に熱中し、作家として多くの試合や選手を取材し、現在は武蔵野シニアの監督を務める著者が、野球への思いをまとめた。野球とはホームに生還するスポーツであり、戦時中はそのために全力を尽くすことが見る者はもちろん選手自身の支えになった。長嶋茂雄の活躍に興奮を共有した。だが、現在では公園でのキャッチボールが禁止されて久しく、練習時の掛け声すらうるさいと苦情が来るという。プロ野球ばかりでなく高校野球、少年野球まで勝利至上主義になってしまった現実をあぶり出す。だが、野球の本質を教えようとする指導者もいると著者は知る。野球再生に向け、子どもたちが野球を自然に楽しめるよう考え続け、試し合おうと説く。
(月刊トレーニング・ジャーナル編集部)
出版元:集英社
(掲載日:2016-12-10)
タグ:野球
カテゴリ スポーツライティング
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