カシタス湖の戦い エクセレンスを求めた一人の男の物語
Brad Alan Lewis 榊原 章浩
1984年ロサンゼルスオリンピックのボート競技ダブルスカル種目で金メダルを取ったブラッド・ルイスの自叙伝である。
実際にメダルを手にした競技者の軌跡は、まさに「人生を懸けた戦い」にふさわしい。もちろんそこにたどり着く道は平坦ではなかったが、怒りと勝利への貪欲さが、目標に向かって突き進む原動力になっていた。
今の日本にそれらをもっている競技者は、はたしてどれほどいるのだろうか。
(澤野 博)
出版元:東北大学出版会
(掲載日:2012-10-13)
タグ:ボート
カテゴリ 人生
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カシタス湖の戦い エクセレンスを求めた一人の男の物語
Brad Alan Lewis 榊原 章浩
誰も俺たちに勝てない!
「午前5時30分、気温摂氏3度、強い南風の吹く中、我々は艇とオールを抱えて湖の方へと急いだ。我々が呼ぶところのカシタス湖の戦いが今始まったのだ。」
主人公のブラッド・アラン・ルイスはカルフォルニア生まれのスカラー(漕手)だ。彼は数々の世界選手権に出場するが成績はぱっとせず、ようやく1980年モスクワオリンピック大会クォドルプル代表の座を勝ち取ったが「大統領ジミー・カーターが、80年モスクワ大会のボイコットという許しがたい決定」を下したため、ついにオリンピック出場も叶わなかった男である。しかし、彼は不屈の精神とほんのちょっとのユーモアによって、1984年ロサンゼルスで開催が予定されているオリンピックに出ることに照準を合わせた。それも、なんと全米1位のスカラーにしか与えられない“シングルスカル”というたった1つの代表の椅子に。これは、もうユーモアの域を超えている。しかし、彼に言わせればこれこそ「ブラッド・ルイス流の大冒険」の始まりだと言うわけだ。その第一歩として、オリンピック会場となるカシタス湖でのローイングを選んだのである。ただし、パトロールにみつからないようにだ。
冒険には必ず好敵手というものが存在する。彼の場合は、オリンピック・スカル・チーム・コーチのハリー・パーカーである。ハリーは「最強の鎧も突き刺すことのできる魔法使い」のような人物で、全米漕艇界の伝説的人物である。彼は「手堅く、折り紙つきの信頼できる選手」を好んだ。ところが、ブラッド・ルイスはと言えば「容器で、風変わりで、あまりにウエスト・コースト的」。つまり、単に二人は趣味が合わないということなのだ。
そして、もう一人忘れてはいけない人物は通称「ビギー」と呼ばれているジョン・ビグロー。彼はハリー軍団の一員で「彼の遠く見つめるような目つきは、何かとても大切なことをこれから言おうとしているかのような印象を与えるが、そのほとんどが期待はずれな」男であるが、ブラッド・ルイスのシングル・スカルの強敵となる男でもある。
スポーツ・ファンタジー・ノベル
日本では、気合、根性、努力、汗、涙など人間が究極の選択を迫られたとき必要なありとあらゆる生理的現象を中心に語られがちなスポーツ・ノベル。「スポ根モノ」なんて言葉があるが、日本人って、もしかしてサド・マゾ的嗜好が強いのかな?
閑話休題。しかし、本書は今ご紹介したとおり、全篇ペーソスとユーモアにあふれ、時には鋭く、時にはゆったりとした旋律でストーリーを紡いでゆく。そして、息つく暇もないハラハラ、ドキドキの試合展開。まさに、著者が優れたスカラーであると同時に優れたストーリーテラーであることを十分に証明した作品だ。本書はまさにファンタジー、スポーツ・ファンタジー・ノベルなのである。そして、このファンタジーの結びとなる「エピローグ(パズルの完成)」がこれまた絶品。もうこんだけ褒めたら、褒めるとこないやろうといわれそうだが、堪忍な! ここまできたらもう一つ褒めさせてください。それはこの作品の豊かな感性と香りを失うことなく日本語に訳することに成功した訳者。貴方に、僕は最後の乾杯を贈りたい。
(久米 秀作)
出版元:東北大学出版会
(掲載日:2003-07-10)
タグ:ボート
カテゴリ 人生
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エール大学対校エイト物語
ステファン キースリング Stephen Kiesling 榊原 章浩
The Shell Game
自らの人生においてスポーツがいかほどの価値を持つか、という問いに真面目に答えようとしたとき、あまりの真実の残酷さに呆然と立ち尽くす人は多いのではないか。考えれば考えるほど、スポーツを行うという純粋な行為とて人生における価値とは無縁なものに思えてならないからだ。が同時に、アリストテレスの言う“理性こそがわれわれ人類の特質であり、また他の生き物と区別する証である。その結果、肉体は理性の下に位置づけられた。”という意見を聞くに及んでは、凛然とその理不尽に抗議し、スポーツに内包される価値について延々と述べる用意を厭わない。スポーツをこよなく愛する者にとって、この二面性から逃れることは不可能に近い。
主人公のスチーブ・キースリングは、身長6フィート4インチ。「古典文学、急進主義、離婚、ホットタブ、心霊現象、スポーツカーといった環境で育ち、そして漕手になった」そうだが「もっと手際よく自己紹介できる才能があれば、こんな物語を書くこともなかっただろう」というように、本書の著者でもある。その主人公の“私”は、1980年に卒業するまで東部の名門エール大学の漕艇部に所属し、エール対校エイトの中心的人物として活躍する。「根っからのスポーツマンでは著者は、エール大学入学後にボートと巡り合ったことにより、アスリートへと変化をとげていく。あらゆるスポーツで米国最古の伝統を誇る対校戦、エール対ハーバードのフォー・マイラーと呼ばれる過酷なボート・レースに勝つために、学生生活のすべてを懸けて戦う。その模様が本書の縦糸となって活き活きと語られている」と訳者は本書を解説している。
ヘンレー・レガッタ
正式名は“ヘンレー・ロイヤル・レガッタ”。英国のオックスフォードとロンドンの間にあるヘンリーオンテムズという田舎町で行われるこのレースは150年の伝統を持ち、「アメリカの大学クルーにとって憧れの的」だ。ここでのレガッタは「この町の園遊会」であり、「宣伝などしなくても、10万を超える人々が詰めかける。ウィンブルドンの狭苦しいスタンドにうんざりした観衆は、ブレザーとかんかん帽を引っ張り出して、テムズ川の土手にくりだす」のである。そして、エール・クルーは、ここでオックスフォード大学、カリフォルニア大学、英国ナショナル・チームを相手に、最も栄誉あるグランドチャレンジ杯をめざして戦うことになる。試合当日、エール・クルーにはまだ笑う余裕があった。ただし、「それもわれわれが(もっとも不利といわれる)6レーン引きあてるまで」。かくして、「誰もフランス語を話すものがいないのだが、国際レースの規則をかえるわけにもいかず」「パルテ!」の合図でレースがスタートする。果たして、エール・クルーの賞賛は!?
本書の訳者は『カシタス湖の戦い』(東北大学出版会)で、ダブル・スカルの金メダリストを見事に描いた。今回も同じボート競技をテーマにしたノベルだが、前回のような派手な表現があるわけでなく、むしろ文章に抑制をきかせることでいっそうの真実感を持たせることに成功している。ここのところは大学時代、著者同様対校エイト漕手であった訳者の力量が見逃せない。前回の書評では、ファンタジーなスポーツ・ノベルと書いたが、今回の作品を読んで、ファンタジーとは決して単なるおとぎ話ではなく、本当は真実の中にあることに気づかされた次第である。
(久米 秀作)
出版元:東北大学出版会
(掲載日:2004-07-10)
タグ:漕艇
カテゴリ その他
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