一歩60cmで地球を廻れ 間寛平だけが無謀な夢を実現できる理由
比企 啓之 土屋 敏男
「止まると死ぬんじゃー」
てっぺんに巻き毛の生えたかつらにチョビひげで「止まると死ぬんじゃー」とステッキを振り回すおじいさんは「最強ジジイ」というらしい。私は大阪の人間で、小さい頃から吉本新喜劇のファン。中でも不条理なギャグのオンパレードである間寛平さん、いやいくつになっても「寛平ちゃん」と呼びたいその人の大ファンだ。
そんな彼が1995年、24時間テレビの企画の1つとして、阪神大震災の被災者を元気づけるため彼は神戸から東京まで1週間で走り抜いた。正確な距離はわからないが、ざっと600キロ余りの距離である。途中応援に駆けつけた明石家さんまさんが、「兄さんもうこんなあほな事やめときや」と言っていたが私も同感で、周りの人たちのように下手に励ますなどできないと感じていた。
思いつきを現実に
そのほかにサハラマラソン(総距離245km)やスパルタスロン(同246km)をも完走しているこの鉄人が今、マラソンとヨットで地球を一周するという壮大なプロジェクトを敢行している。その名を「アースマラソン」という。この壮大な企画が立ち上がった経緯を中心に書かれている本書は、(株)吉本デベロップメント社長、そして日本テレビのディレクターによる共著である。このプロジェクトをマネージメントし、そのコンテンツをビジネスに結びつける主要スタッフによる、アースマラソン前史と中間報告という形になっている。とくに比企氏は寛平ちゃんと2人で太平洋ならびに大西洋をヨットで渡りきった同志でもある。
いくら彼が長距離走において鉄人級であるにせよ、地球一周走るなんて常識のある人ならちょっと考えられない。それも「木更津のローソンを過ぎたあたりで急に地球一周走ると降りてきて」と天啓のようにひらめき、「なんぼあったらできるんやろう」と、自前でやろうと考えたのが事の発端らしい。そんな思いつきにとらわれた本人とは別に、時間と資金そして人材をかき集め、コンテンツとしてそれを活用することを考えた周りの人々が、数年がかりで現実にしたわけだ。
トレーナー業務を想像
寛平ちゃん自身、不安要素も山ほど持っているだろうし、どれだけ達成までの計算が立っているのかわからない。世界平和を祈願してだとか、世界中の人々を勇気づけるだとか、何か御大層なお題目を掲げているわけでもない。途中で果たした東京オリンピック・パラリンピック招致活動も後付けのイベントだ。「目立ちたいから」と本人は話しているようだが、要するにやりたいことをやっているだけだ。この旅の途中で還暦を迎えたこの人は、友の訃報に接して人目もはばからず泣き、時には弱音も吐き、どこの国でもおなじみのギャグを披露する。そして毎日50km走る。
こんな人にトレーナーとしてサポートさせてもらえたらと僭越ながら想像してみると、確かに高揚感もあるが、それより大きな恐怖がこみ上げる。確かに、今この一瞬のために寿命が縮んでもいいと考えるアスリートも多いし、小賢しい常識という奴を乗り越えてないと、新しい風景は見られないのも事実だ。やる前に結論を出して立ち止まってしまえば、その先に広がる景色を見る術を放棄することになる。
非合法な方法に頼ることは許されないにしろ、壁を破ろうとのたうち回るアスリートにいわゆるスポーツ医学の専門家としての常識を覆しつつ、とことん付き合うというコミットメントが必要になることは一般のトレーナー業務でも多い。ただ、この文字通りの「最強ジジイ」が「止まって死なない」ようにサポートするなど、巨大な覚悟と巨大な遊び心が必要だろう。
この人はカッコいい
それにしても奥方の光代さんから「次から次へと好きなことをしたらいいんですよ。この人はそういう人やからね。」と言ってもらえるこの人はカッコいいと思う。しかし本当に危険なのはここからだ。何より無事を、いやご本人が納得するところまでやり抜くことをただ祈りながら、遠い異国の地にいる人を思うことにする。
(山根 太治)
出版元:ワニブックス
(掲載日:2010-01-10)
タグ:陸上 マラソン 芸能
カテゴリ 人生
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一歩60cmで地球を廻れ 間寛平だけが無謀な夢を実現できる理由
比企 啓之 土屋 敏男
「私が未来について語ったらおかしいかしら?」というような内容を老婦人が語るテレビCMがあった。「否」見た者にそう思わせる独特の説得力があった。
だが還暦を迎えようとする男性が自分の足とヨットだけで世界一周しようとしたら、それは明らかにおかしい。
本書はタイトル通り、芸人・間寛平氏のワールドマラソン挑戦を描いたドキュメントとなっている。氏は現在まだ挑戦を続行中であり、本書ではこのおかしい挑戦スタートに至るまでのプロセスが主に描かれている。
地球一周というのは、たんに約4万kmの距離や途中のケガや病気の危険だけが問題になるのではない。地平線しか見えない場所、剥き出しの岩肌が見える場所、さらには政治的に不安定な紛争地域もある。そのような場所を車や飛行機で迂回することはせずに、自分の体だけで走ってみたい。テレビ局の企画としてはリスクが大きすぎて誰も思いつかなかっただろう。
ただ、間氏はふと「やってみたい」と思いついてしまった。意外にも本気だったので、だんだん周囲が実現に向けて動き、後づけで企画となった。
誰から見ても無謀だと思うことを実現するために1つ1つのハードルを越えていき、各方面多くの人にさまざまな形での応援を受けてスタートにまで漕ぎつけた。無理だと思われるモノへの挑戦はスポーツの真髄であり、実現化へのプロセスは各方面への手本となりうる。とくに“文化”という言葉に頼る一方で、メジャー化できていない競技の関係者にとっては一読の価値があろう。
(渡邉 秀幹)
出版元:ワニブックス
(掲載日:2012-10-16)
タグ:テレビ 企画 マラソン
カテゴリ エッセイ
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