折茂武彦 弧を描く
佐藤 大吾
日本バスケットボール界でこの人の名前を知らない人はいない有名選手。そして近年は経営者として活躍されている折茂武彦氏の現役トップ選手からの変貌が書かれた作品。
私自身、バスケットボールには縁がなく、折茂選手のこともニュースで拝見する程度だったが、本の帯に書かれた紹介文に驚いた。「プロバスケットボール選手、折茂武彦。審判にボールを投げつけ、準優勝メダルをその場に投げ捨てた男が、レバンガ北海道の経営者となり、激やせしながら頭を下げて回る激動の日々を追った。前人未踏、27季の現役生活に別れを告げる~」
まず、非常に高いレベルでの運動量が求められるバスケットボール競技で、2019-20年シーズンの49歳まで、第一線でプレーを続けられてきたことに衝撃を受けた。だが、読み進めるうちに折茂選手だからこそ成し遂げられた功績に触れ、紛れもない事実がバスケットボールのシュートのような上昇と下降を思わせ、引き込まれた。
高校→大学→社会人→日本代表と絵にかいたような成功を収めてきた同氏が、北海道に新設されたチームへの歴史的な移籍→チームの崩壊→震災→チーム代表就任という経緯の中で挫折や課題解決にどのように取り組んできたか、どのような心境だったのか。お兄さんやお母さんなどの親族、旧友である元日本代表の佐古選手などとの関係から、人情味のあふれる折茂選手の人間性を感じることが出来る。
スポーツに限らず、何かに一時でも打ち込んだことのある方には、どこかしらでの部分で共感やこころを熱くさせると思われる。
(河田 絹一郎)
出版元:北海道新聞社
(掲載日:2021-01-12)
タグ:バスケットボール
カテゴリ スポーツライティング
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スポーツにおける逸脱とは何か スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ
大峰 光博
副題の「スポーツ倫理と日常倫理のジレンマ」については、スポーツに携わり仕事をする一人として、私自身も考えたことはあるが、確信がもてるほどの答えを見出したことはない。スポーツ経験がある人であれば、自分自身と指導者との適合、チームの中での立ち位置、その競技をすることの意味など、一度は考えたことがあるのであろう。
まえがきにある筆者のお気に入りの表現、「たかがスポーツ・されどスポーツ」は、スポーツが様々な社会問題に対して周辺に位置しているからこそ役立てることがあるという考えからだと述べている。それは、まさに私自身が日ごろ考えていたことと合致するものだった。
「多くの問題を抱えるスポーツから逃れられない人間」と自称する著者が、川谷茂樹氏や中島義道氏らの日本を代表する哲学者の知見と、カントなどの海外の歴史的な哲学者や、近現代の様々な発表や論文から、日本で問題になっているスポーツにおける問題を、哲学や倫理の面から解説・示唆している著書である。
本編前半では、試合中のジレンマとして、バスケットボールのファウル・ゲームやサッカーのトラッシュトーク、野球の報復死球などについて解説されている。当該競技の指導に携わる者にとって、少なくとも一度は考える問題なのではないだろうか。 後半には試合外のジレンマとして、体罰や連帯責任を取りあげている。組織運営や日本特有の運動部活動の問題を、組織への従属メカニズムをもとに解説し、発展として、不祥事に対する対外試合禁止処分や無観客試合処分などの組織決定の是非を考える機会も与えてくれている。
私が一番印象に残ったのは、哲学的には、スポーツにおける人種、性、身体障がい、階級などに対する差別は、むしろ社会で存在している差別がスポーツの場面で表面化しただけだが、この差別を生み出す、差別感情や差別意識はスポーツによってより多く生み出されるということだ。多くのスポーツの場合、この差別意識を生み出さないことは不可能ととも述べている。文中、筆者が衝撃だったと挙げる、「スポーツは勝者に優越感というより、敗者に劣等感を与える。人はスポーツに限らず、良いことを目指す限り差別はなくならない」という中島氏の主張は、私自身にとっても衝撃的なものだった。
また、私自身の価値観と大きく違い、発見を与えてくれたのは、必ず人との比較において成り立つ競技スポーツにおいては、順位や優劣をつけることが目的であり、個人の「向上心」については、集団に属する限り、集団の目標達成にはなんら結びつかないということだった。哲学的に考えると「向上心」は向上心がない人を見下すことにつながる。深く考えず、美化され、推奨されるべきものとして認識していた「向上心」について深く考えさせられた。
差別や偏見の根源は「よく考えないこと」と文中でも述べている。だが、やはり考えれば考えるだけ、スポーツと日常倫理の間にはジレンマも生まれる。トップアスリートは他者に対して容赦なく抜きん出る意志を持つことが必須であり、貪欲な姿勢と圧倒的なパフォーマンスが、我々に感動をもたらすことに疑いの余地はない。
スポーツが包含する構造的特質を理解し、スポーツに対して、過度に美化せず、過度に卑下しない意識をもつことが重要とする筆者の考えに共感する。哲学的に考え、社会倫理と照らし合わせて考えることが、スポーツと日常生活のギャップで生まれるジレンマを考える手がかりになると実感することができた。
スポーツ自体を考える大きなきっかけになる一冊となった。
(河田 絹一郎)
出版元:晃洋書房
(掲載日:2021-02-06)
タグ:倫理
カテゴリ その他
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スポーツ現場で知っておきたい薬の話
原田 知子
薬の話と聞くと、私自身も苦手意識が強まり、避けたい話題と感じてしまう。アスレティックトレーナーとして、スポーツ現場で活動しているときに非常に苦手な分野だった。今思うと、薬のメカニズムを本当には理解しようとせず、薬がもたらす身体への作用を自分の知識で説明することが難しいと感じていた、単純な苦手意識だったと稚拙に感じる。
本書、第1章にある「身体に対して何らかの効果をうたっているものはすべて医薬品とみなされ、薬事法の規制を受けることになる。」ということがさらにその気持ちを助長させていたのではないかとも感じたが、読み進めるとそうではなかったことに気づかされる。身体に何らかの作用を謳うことはスポーツの業界でも散見するが、必ずしも法の規制を受けているわけではない。医薬品も同様であることを丁寧に説明してくれている。
本書は薬の効果効能だけでなく、その薬を使用したときの身体反応や細胞レベルでの反応、いろいろな形で起こる相互作用まで解説してくれている。直接、薬とは関係のなさそうないわゆるトクホ(特定保健用食品)の話やジェネリック医薬品、食品の話など、アスリートに関係すると思われる様々な視点で解説してくれている。
また、コロナで話題になった、薬やワクチンができるまでの話など、通常聞けない専門書に書かれているような話を分かりやすく解説してくれている。さらに、薬の管理やドーピング、海外への持ち出し、特に他国への持ち込みなど、スポーツに携わるスタッフの非常に大きな問題を大変分かりやすく解説してくれている。
スポーツ現場で運動指導に当たる関係者の中でも、アスレティックトレーナーは医療関係者とアスリートの間でコンディショニング調整を行う必要がり、薬の話は知るべき内容であることは疑う余地はない。周知の事実として、ドーピングコントロールという概念が求められるため、アスリートが薬を服用する場合は、アスリートやアスリートを支えるスタッフは、一般的な効果効能以上に気を付けて服用しなくてはいけないということをさらに強く感じることができた。
それ以外にも最後に書いてくださった選手教育に関しての話は、指導者やアスリートに一番近い在存の親子さんたちにとっても大切なことであり、一番基本的なコンディショニング把握の一歩目になることが、本書を通して実感することができる。本書は薬のことについて質問を受ける可能性のある人にとっては、必携の一冊といっても過言ではないと痛感する。
(河田 絹一郎)
出版元:ブックハウス・エイチディ
(掲載日:2021-07-26)
タグ:薬学 ドーピング
カテゴリ スポーツ医科学
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