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カラダ革命ランニング

副題は「マッスル補強運動と正しい走り方」。NPO法人ニッポンランナーズの代表で、アテネオリンピック陸上競技の解説も務めた金氏が、延べ1万人のランナーを見てきた経験をもとに書き下ろした一冊。
金氏が最も重要視しているのは、体幹の筋肉の活用である。体幹の筋肉をうまく活かせていないランナーは疲労が溜まりやすく、故障を抱えることも多いようで、第2章「体幹の筋肉を使って、美しい体とフォームをつかむ」では、金氏が考案した正しい走り方を身につけるためのマッスル補助運動がイラストつきで紹介されている。
また、第3章「実践! アスリート理論にもとづいたレベル別トレーニングメニュー」では、初心者から上級者までを7つのグループに分け、それぞれが陥りやすい問題とその解決法を実際のランナーの体験を交えて解説、シューズの選び方やランナーに必要な栄養素などにも触れられている。
ランニングは気軽にできる反面、個人的に行うことが多く、フォームのチェックや自分のレベルに合った練習法を見つけることが難しい。本書には長く楽しく続けるための具体的な方法が記されており、特に、これから始めようという人にお勧めしたい。



金哲彦著、四六判 177頁、2004年7月22日刊、1365円
講談社(03-5395-3624)

ナンバの身体論

光文社から発行された『ナンバ走り』(矢野ら著)の続編にあたり、前著で紹介されたナンバ的な動きの解説書となる本。副題は「身体が喜ぶ動きを探求する」。この身体論は、ナンバを「難場」と解釈し、身体的に無理のない、より素早い、より自然な動きによって困難なシチュエーションを切り開こうという考え方で、武術研究家の甲野善紀氏が提唱する古武術の身体運用法がもとになっている。
桐朋高校バスケットボール部のコーチを務める著者4氏が言う「ナンバ」は、捻る、うねる、踏ん張るといった動作をできるだけ避けた、広く普及している西洋式の運動とは正反対の動きを指している。第3章「ナンバ的動きの練習法」、第4章「ナンバ歩き、ナンバ走りの練習法」では、写真つきで具体的な練習法が紹介されており、第6章「桐朋バスケットボール部の取り組み」では現場で実践されたナンバ的な動きの効果と課題が金田氏によって語られている。
あとがきには、「否定的な意味であれ、肯定的な意味であれ、すべての人にとって考えるヒントになれば幸いである」とある。普段と異なる発想でからだを動かし、本書でよく使われている「身体との対話」を行うことによって、新しい発見が得られるかもしれない。



矢野龍彦・金田伸夫・長谷川智・古谷一郎著、新書判 216頁、2004年7月20日刊、735円
光文社(03-5395-8114)

スポーツマッサージ指導論

仙台大学体育学部教授で、NPO法人ジャパンアスレチックトレーナーズ協会の資格認定委員会委員の佐藤医学博士が手がけた本。副題に「実習指導者・スポーツ指導者のために」とあるように、指導的立場にある人を始め、スポーツ選手や後方支援スタッフを対象としている。
本書は「スポーツマッサージを行う前、指導する前に」に始まり、「マッサージに先立つ基礎的事項」「マッサージ論」「スポーツマッサージ技術論」と続き、「マッサージ関連情報」で締めくくられている。この他、著者が関わった「独特な他者伸張法が体操競技プレイヤーの肩関節柔軟性に及ぼす効果」など2つの研究が実験研究例として取り上げられている。
初心者にはもちろんのこと、指導における注意点や技術の応用法にも言及しているので、上級者も目を通しておくとよいだろう。



佐藤著、A5判 134頁、2004年8月3日刊、1260円
金港堂(022-232-0201)

スポーツ競技学

L.P.マトヴェーエフ
本書の冒頭「訳者のことば」のところで、「スポーツトレーニングにかかわる者で、『マトヴエーエフ』という名前を知らない人がいるだろうか。
もし知らないというなら、それは非常に恥ずかしいことであり、スポーツトレーニング理論を知らないといわれても仕方がない」と書かれているのをみて、私は非常に恥ずかしい思いを抱えながら本書をゆっくりと読み始めた。

本書の原著者であるマトヴエーエフ・レフ・パワロヴィッチ博士は教育学博士および名誉博士の学位を有し、現在ロシア国立体育アカデミーの教授ならびに功労教授である。過去においては国立中央体育大学の学長も勤めた経歴を持ち、ロシア、ベラルーシ、ドイツ等において名誉称号を授与されている。
博士自身、学生の頃は器械体操を専門とし、日本で言うところの「特待生」コースに所属していたと言う。

博士が指導者として活動を始めたのは16・17歳からだそうで、その後ソ連の複数の選抜チームをオリンピック、その他の国際競技大会に向けて指導するようになった。
そして、体操、陸上、水泳、重量挙げのソ連ナショナルチームや東独、フルガリヤ、キューバ、中国などの選抜チームのコンサルタントも勤めている。

博士が著した中で、「スポーツトレーニングの基礎」(日本では「ソビエトスポーツ・トレーニングの原理」として翻訳出版されているそうである)は、日本のみならず世界中の多くの国で高い評価を得たそうで、今回の著書は博士の長年の経験から得たトレーニング理論の集大成的位置づけになっているようである。

看い指導者に読ませたい
さて肝心の内容であるが、正直言って十分本書の内容を理解するにはスポーツ指導に対してかなり高い意欲を持ち、かつ専門的知識を有していることが必須条件となるだろう。例えば、「スポーツ現象とは何か」という章では「スポーツ」というカテゴリーの範囲やそれに関連する概念規定を試みているし、現象的側面だけに議論が終始しているかと言えば「競技会と競技会システムの理論」といったより現実的な理論構築にも言及している。
さらに、異体的な「トレーニング法の組み立て方」のような実際場面に応用可能な著述も見られる。
この辺の著述は、むしろ本書前半部分の現象学的議論や理論構築よりも博士にとっては若き日の指導経験を生かした“得意分野”なのではないだろうか。
本書の原文タイトルは「スポーツ原論とその応用」だそうだが、後半を読み進めていくうちにこのタイトルに納得ができる。
ただ、日本においては訳者と監修者が相談の上「スポーツ競技学」に変更したそうである。
今後わが国で、“スポーツ競技学”という総合的カテコリーを網羅する学問領野が構 築されるきっかけとなるであろうか。

「訳者のことば」を再び引用したい。
「『木を見て森を見ず』、このような指導者をなくしてスポーツトレーニングを総合・統合科学として認識できる指導者を育てなければならない。その意味で、わが国において一人でも多く本書の内容とその価値が理解できる指導者が増えることを願う次第である。」私も同感である。

やや枝葉末節的議論が先行気味の最近のわが国のスポーツ界において、改めて統合的にスポーツ全体を鳥徹する意味は大きい。
この訳者の願いが本物になるために、私は本書を熱意ある若き指導者達に是非読ませたいと思っている。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報学科助教授)



LP.マトヴェーエフ著 渡邊謙監訳 魚住廣信訳、菊判、320頁、3300円+税
ナップ

脳百話--動きの仕組みを解き明かす

トキザネ先生
今回は“脳”の話である。タイトルには「脳百話」とあるが、正確には101話の話題がそれぞれ読み切り方式で出てくる。
しかしすべてが脳の話ではない。脳にまつわる話と言ったほうがよいかもしれない。
ところで、脳の話となると、私は個人的に時実利彦著「脳の話」(岩波新書・青版)を思い出さずにはいられない。
このトキザネ先生の名著と出合ったのはまだ夢もチボー(希望)もあった大学院生のときと記憶している。
私はこの単行本のおかげで研究室に通う電車の中、ひたすら脳の神秘に浸り、ヒトの動きの妙に感嘆し、自身の将来の研究に大いなる野望を抱いたものだったが、果たして・・・。
話を戻そう。

トキザネ先生は本書の第一章に「心のすみかを求めて」と題して、脳研究小史をお書きになっておられる。
それによると、人間の“精神”というものが整った形で考えられるようになったのは西暦紀元後のローマ時代になってからだと言う。
この時代のヒポクラテスとともに古代医学の祖と呼ばれているガレノスが、それまでのアリストテレス流の心臓に心の座を求める考え方を否定して、人間の精神を想像、理性、記憶、感覚と運動の4つに分類し、それらが脳でつくり出されると主張したのだという。
しかし、ガレノスの死後約1300年の中世暗黒時代には、彼の主張はマホメット教やキリスト教の教義に反するという理由で歪められてしまったのである。
しかし18世紀に入ると再び脳の実質そのものに精神の働きを求めようとする考え方が出てきて、19世紀には実験脳生理学の黎明期を迎える。
その結果、大脳皮質の働きが徐々に明らかにされていったのである。
そして20世紀に入ると、麻酔法の発達と脳外科手術の進歩によってより精密な脳研究が進められるところとなったのである。

動く“脳”と栗5かい“脳”
このトキザネ先生の著書を読み進めていくと、さかんに“働き”という言葉に出合うことに気づく。
「大脳皮質の“働き”」とか「頭頂葉の領域では判別や認識の“働き”がある」と言った具合である。
しかし、本書にはこのような言葉使いはあまり出てこない。
本書では、「呼吸や咀嚼・歩行といった生存のための基本運動は(中略)脳幹で制御される」「(指のタイピンク運動など)を効率的にするためには、(中略)一次運動野への入力が重要である」となる。
こう言った言葉の使い方ひとつにしても、そこから現代の脳科学の進歩が窺い知れる。
そう言えば、本書のサブタイトルは「動きの仕組みを解き明かす」であった。
脳機能の動きの解明、多分トキザネ先生なら“脳の働きを解き明かす”としたであろう。

さて肝心の内容であるが、これが極めてユーモアのセンスに富んだ内容なのである。
例えば、タイトルだけ追ってみると「黙って座ればぴたりと当たる--脳地図と脳機能地図」とか「宇宙で筋肉はどうなる」「休めば痩せる筋線維」「うさぎとかめの筋線維」さらには「夢は目玉を駆け巡る--REM睡眠の話」「アガる人・キレる人--感情の運動作用」などなど。
この本の執筆者たちは相当“柔らかい脳”の持ち主である。
本書にはこの他に「名人への道のり」と題した中枢の運動学習についての記載もある。
それによると、中枢は訓練によって運動の効率化を‘学習”すると言う。
多分柔らかい脳の持ち主は、この効率化によって得た余裕をユーモアに当てるのであろう。
読者諸君にも是非本書に触れて“柔らかい脳”とユーモアを学習してもらいたいものである。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報学科助教授)



松村道一、小汚伸午、石原昭彦編著 B5判 224頁 3,000円+税
市村出版

日本人大リーガーに学ぶメンタル強化術

「選手の指導」に効く薬
今この書評を目にしている方々は、なんらかの形でスポーツの指導に携わっていらっしやる方々だと思うので、選手の指導に関しては、一方ならず苦労があることは重々承知のことと思う。
私事ながら苦節20年この世界に身を置いて、何度“選手指導の特効薬”はないものか思い悩んだことか・・・・・・。
なんだか新年早々しみじみした話になってしまったが、特効薬はないにしても、スポーツ指導で成功するための黄金律は存在するのではないかということは薄々感じるのである。
そして、その存在を知るには“我々は人間を指導している”という、ごく当たり前の事実に気づくことが重要なのではないだろうか。

人間を社会的動物とみた場合、「マズローの欲求段階訳」によれば、人間には5段階の欲求があると言う。
この5段階とは下位から生理的欲求、安全・保障の欲求、社会的欲求、自我の欲求そして最高位の自己実現の欲求のことである。
こうしてみると、スポーツ指導の場面においても一選手の持つ欲求はこの段階に沿つているようにみえる。例えば、そのスポーツを始めるにあたっては、今まで自らが満たされないと感じていた部分を満たしてくれそうだという生理的欲求が動機として強く働いたと考えられるし、次にそのスポーツを継続するには未来への安定つまり生活の安全や保障欲求が満たされることが重要である。
そして、次第に欲求は高位へと高まり、そのスポーツに携わっていることへの社会的認知が得られ、人々から尊敬されることで自我の欲求を満たし、理想的な自己の確立を成し得ることで、果たしてそのスポーツに携わった喜びを得ることになるのである。
選手には、選手という以前に、一人問としてこうした欲求があることを先ず指導者が理解することこそが指導の“特効薬”ではないだろうか。

メンタル強化術
さて、今回ご紹介する本書では、選手指導の特効薬的方法論として“人間の心理”を理解することをテーマとしている。
内容は、場面設定の多くが会社の上司と部下の関係における心理、つまり部下に如何に余計なストレスを感じさせずに仕事に集中させるかとか、部下のやる気を育て右には上司はどのような発言や行動をとるべきかというような形で書き進められているが、これはこのまま指導者または監督と選手の関係においてもありえることであるので、本書の内容は十分スポーツ指導現場において応用可能である。
これについては著者も意識したのであろう、各章の最後には日本人大リーガーを含めた大リーガーたちのメンタル強化術について触れられていており、大リーグの指導者やトッフ選手が本書に述べられているような心理作用をどのように指導や自らのメンタルコントロールに用いているかについて興味深い話を載せている。
著者が現在まで、イチローら多くの一流プロ野球選手のメンタルトレーニングを指導した経験がここに生かされているようだ。

スポーツにおけるメンタルコントロールについては、日本はまだ欧米からみるとようやく端緒についたばかりに思える。
しかし、今後日本の一流選手がTV画面を通して、メンタルな面を強調したコメントをより多くすれば、必ずやそれを見ている次世代の子どもたちは、新鮮なスポーツ感覚を磨くことであろうし、これは結果的に日本におけるスポーツという文化の深遠を深め、発展に繋がることになるであろう。
今年はこれを期待しながら、スポーツ関係者の皆さん、一年頑張ろうではないか。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報学科助教授)



高畑好秀著 新書判 238頁 667円+税
角川oneテーマ21

シマノ 世界を制した自転車パーツ 堺の町工場が「世界標準」となるまで

堺の町工場から世界標準へ
本書は、自転車部品メーカー「シマノ」が世界一の自転車「パーツ屋」になるまでのノンフィクションドラマである。
株式会社シマノは現在大阪府堺市に拠点を置く。
創業は1921年。
鉄工所の職人であった島野庄三郎が島野鉄工所として興した会社である。
当初島野鉄工所ではフリーホイールというギヤパーツを製造していた。
しかし、その初代社長庄三郎が逝去した頃には第一次サイクリングブームも終り、会社は経営の建て直しを迫られる。
そんな会社を引き受けたのが庄三郎の長男尚三である。
そして、彼と弟の敬三、三男の喜三が会社経営に乗り出してからは、三兄弟は才覚と社内での役割を三者三様にこなし、これが“三本の矢”となって会社を大きく飛躍させていくことになるのである。

ブレーキにシフトレバーを載せろ
「おい長、あれ困るんちゃうか?」
7400の企画を担当していた長義和が、島野敬三専務に呼ばれた。畏はSIS(シマノ・インデックス・システム)と呼ばれる変速機の位置決め機構を7400に搭載した際の中核となった人物で、それ以前自転車選手時代はミュンヘン五輪とモントリオール五輪に出場。
モントリオールでは日本自転車界初の6位入賞を果たした日本短距離界の名選手であった。
「SISできてええねんけど、上りで立ち漕ぎするやろ。そしたらハンドルから手が離せないから、変速できへんやろ」
「まあ、できませんね」
(中略)
「あれって因るんちゃうか。アタックされるでしょう、こつちが変速しているすきにね」
「まあ、それもヤツらの作戦ですから」
「チェンジレバー、手元にあったらいけるんちゃうんか」
 シマノを世界的自転車企業に躍進させた原因は、こんな発想の柔らかさにあったようだ。

ストレスフリーという名の自転車
この物語はシマノの商品開発に対する先見性とそれに注ぎ込む情熱が中心であるが、実は本当の主人公はここに出てくる社員一人一人なのである。
前述の会話にもあるように、選手の実績を持つ社員と会社のリーダーが直接意見をぶつけ合う。
リーダーは常に誰でも乗りやすい、人間にとって限りなくストレスフリーな自転車を想像する。
それを、技術者であったり、元選手であったりした人々に実現するように指示する。
そして、この会社では指示を受けた人々が実に誠実に、満身に力を込めて実現しようとしている。
ここにシマノの世界一たる所以がある、と著者は看取する。
翻って考えれば、スポーツ現場においてもコーチは技術者(選手)-人一人に先見性を持って技術の進歩・実現を望むべく指示を出し、選手が誠意を持って答えを出そうとしたときに最高のパフォーマンスが生まれる。
実業界とスポーツ界の違いはあれ成功の秘訣は同じところに潜んでいることに、本書を読んでいると気づかされる。

私事で恐縮だが、実は8年ほど大阪に在住していたことがあり、その問にシマノのレーシングチームで体力測定やら実走中のベタルにかかる力(踏力)の測定やらを手伝ったことがある。
残念ながら、我がデーターはまったくシマノの世界的躍進には役立たなかったようだが、本書中にも当時レーシングチームをまとめておられた岡島信平氏の名前や辻昌憲監督の名前を拝見し、妙な現実感を持ちながら本書を読ませていただいた。

日本は技術立国であると言われているが、本書を読んで改めて納得した。日本はまだいける、と勇気をもらえる一冊である。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報学科助教授)



山口和幸著 B6判 301頁 1,600円+税
光支社

現場のトラブルにQ&Aで答える スポーツの法律入門--知らないと損をする指導者のリスクマネジメント

体育と人権
わが国は法治国家である。
法治国家とは、教科書的に言えば「国家統治権の発動が、あらかじめ議会の議決を経た法律に基づいて行われるべきであるとした国家」ということになるが、これは同時に「国が国民の自由と権利を法のもとに保障する」ことをも意味する。
そして、この国民の自由と権利の保障において、現在最も重要だと考えられているのが「人権の保障」である。
だが、わが国のスポーツ界ではこの人権保障、特に被教育者(生徒、選手)への人権保障についてはいささか意識が低いように思える。
そこには、明治以来わが国がスポーツ=体育とし、スポーツの教育的側面ばかりが強調され、教育者が被教育者に対して絶対的優位な立場をとることを国民が甘受してきた歴史があることが原因としてみてとれる。
しかし、ここ数年のスポーツをとり巻く環境は著しく変化した。
アマチュアリズムは崩壊し、スポーツでお金を稼ぐことは半ば公然となった。
また、トップ選手がマスコミに対しスポーツを楽しんでいるという姿勢を強調するようになった。
その結果、国民にはスポーツとは自らが楽しむために行うものという自己権利意識が常態化し、付随して人権意識も確実に高まった。
こういった中で、もしも体育が従来通りのスポーツ指導を継続しようとするならば、世間とのギャップは広がり、結果的に体育のアイデンティティーを失うことになるであろう。
わが国のスポーツの屋台骨を支える体育がそうならないためにも、スポーツにおける「人権の保障」問題は是非おさえておくべきだと思うのである。

新しい人権としてのスポーツ
本書はさまざまなスポーツ指導場面で起こったトラブルを例に挙げながら、当事者 の法的責任の所在を明らかにしている。
例えば、体育授業でバレーボールの支柱が倒れて頭に当り、その結果重い後遺症を患った生徒の両親が学校に損害賠償を請求した事件では、「学校には被教育者の生命・身体の安全保障義務があるので、このバレーボールの支柱が設置上及び管理上において通常の安全性を欠いていれば、損害賠償を請求できる」としている。
また、「教師は教育活動中には、生徒が危険な目に会わないよう常に注意をする義務があります。(中略)これを怠っていたとしたら教師の注意義務違反」とも指摘する。 また、柔道の部活動で顧問不在中に先輩の無謀な稽古の結果1年生部員が前頭部を畳に強打し、脳内出血、脳軟化症の傷害を受けた例では、「判決では、教師は練習の指導・監督義務を放棄したのに等しいと厳しい判断をされます。(中略)放課後、指導者が不在であった場合には、練習を中止させることも注意義務の一つ」と結論づけている。 この例では、傷害を受けた1年生のスポーツすることによって幸福を追求する基本的人権(憲法13条)が先輩の無謀な稽古によって不当に侵害され、その責任が監督者である学校と顧問教諭にあるというわけである。
このほかにも本書には、スポーツクラブやイベント会場でのトラブル例やクラブ内で起 こったいじめやセクシャルハラスメントに対する法的解釈等についても数多く言及している。
どのトラブルも身近で起こる可能性があり、読んでいて身につまされる。
しかし、本書の本当の狙いはどうやら各種トラブルに対する対処の仕方や転ばぬ先の杖 的なハウツー本ではないということが、読み進めていくうちにみえてくる。
「新しい人権としての“スポーツ権”を主張していくことが、文化としてのスポーツがより深化していくことにつながるのです」この言葉に、著者の思いのすべてが集約されているようだ。
新しい人権としてのスポーツ、スポーツ権はまさに新しい時代のキーワードだと思う。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報学科助教授)



入澤充著 A5判 176頁 1900円+税
山海堂

エネルギー代謝を活かしたスポーツトレーニング

運動は全て有酸素運動である
われわれ人間はエネルギーを補給することによって身体活動を営んでいる。
そして、このエネルギー補給の中でとりわけ重要なのが酸素補給である。
筆者は、この酸素がエネルギーを生成する過程について「糖が分解されて、ピルビン酸になり、それがミトコンドリアのTCA回路に入って、ATPが作られました。(中略)そして、TCA回路--電子伝達系と反応が続き、ATPが作られます。このとき酸素が必要になります」と解説する。
そして、酸素はミトコンドリアでATPを作る際に、反応の仲立ちをする働きがあると言う。
ここまでは従前の知識と変わりはない。
しかし、ここからが違う。
筆者は、身体活動している限り強度に関係なく酸素の仲立ちは必ず行われていると言うのである。ん?

そこで学生時代を思い出して、運動とエネルギー供給の関係について簡単に復習してみよう。
運動時のエネルギー供給には3つの方法があって、1つはATP-PC系。
この供給機構でまかなえる運動時間は7秒であった。
次に反応は解糖系に移り、33秒がこの機構でまかなえると言われた。
そして、その後は酸化系のエネルギー機構、つまり有酸素運動となるわけだ。
従って、前者の7秒+33秒は無酸素運動だとわれわれは学生時代に教わったわけだ。
ところが筆者は、たとえ最初の7秒間の全力運動でもエネルギー供給機構はATP-PC系だけではなく、ほかのシステムも働いていると言う。
「ヒトが生きているということは、糖や脂肪から酸素を消費してATPを作っているということです。それは運動中でも同じです。全ての運動は有酸素運動なのです。ダッシュも無酸素運動ではありません」 うーん、これは大変新しい解釈と言ってよいでしょう。

乳酸は疲労物質ではない
疲労の研究は大変古くから行われているが、スポーツ競技場面においてはパーフォーマンスを低下させる原因となるので、現在でもスポーツ科学の中心的テーマの1つである。
しかし、この疲労の原因と考えられている物質については昔から乳酸が常識であった。
しかし、筆者はここでも「乳酸は疲労に無関係ではないが、高い強度の運動における疲労、特に疲労困憊を、乳酸による体内の弱酸性化だけで説明するのは不適当である」と書いている。
そして、本当の原因は「高い強度の運動でクレアチンリン酸がなくなりリン酸が蓄積することが、疲労に大きく関係している可能性がある」と述べ、さらに「カリウム、カルシウムなど、疲労は多くの要因が関係していて、1つの要因だけで決まるわけではない」と結論づけている。

筆者は、このようにスポーツをする者にとって今まで常識とされていた知識に対して「生理学的視点を持ちながら生化学的に考える」ことによって新たな結論とそれに基づいた新しいトレーニング方法を提案することに意欲的だ。
さらに「一般の方はテレビなどでスポーツ観戦をするときに、より面白くなるということで読んでいただければいいかと思います。」という肩の力が抜けたコメントにも好感が持てる。
大学院生やこれからスポーツ科学に興味を持つ人には、格好の運動生理生化学の入門書としてお勧めしたい一冊である。
(久米秀作・帝京平成大学情報学部福祉情報科助教授)



八田秀雄著  A5判 158頁 1800円+税
講談社

夢のとなりで--新庄剛志と過ごしたアメリカ滞在記

今シーズン日本プロ野球界に復帰し、様々な話題を提供してくれるSINJOH選手。
2002年から彼の通訳として、2シーズンを共に過ごした著者が、新庄剛志と過ごしたアメリカでのエピソードを綴った滞在記。
貴重な写真や新庄選手をイメージしたイラストも豊富。知られざる新庄選手の一面が垣間見れる一冊。



小島勝典著 B5変型 136頁 1200円+税
メディアート出版

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