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軽やかなリズムで
主に文芸書を手がける作家(スポーツ記者とかスポーツライターとかではない)が、インタビューを元に、その素材を新鮮なまま一冊にまとめたノンフィクションである。題材は、2007年の夏に大阪で行われた世界陸上。それも4×100mリレーにまつわる話題、人物に限ったものだ。
正直この話題だけで一冊の書物になることに少しばかりの疑問を抱きながら読み始めた。だが、すぐにそんな心配はいらないことに気づかされた。
最終的には、この本があったからこそ北京オリンピックで銅メダルが獲得できたのではないだろうか、とまで思うに至った。
膨大で緻密な取材内容が記録されているが、決して表面的なインタビューの羅列ではない。愛情深く、かといって感情に流されることもなく、軽やかなリズムで書き進められて行く。文章のプロだから当然とはいえ「競技経験のない」小説家が書くドキュメンタリーが、この私(いちおう陸上の経験者でもあり、実際の決勝レースはこの目で見た。泣いた)にさえ肌感覚で“それあり!”な記憶を鮮やかによみがえらせてくれるのだ。
異なるものと出会って見える世界
一般にスポーツの感覚的側面は“やった者にしかわからない”という閉鎖的な思い込みの表現で成り立つことがある。確かに、よく知らないと見えてこない世界もあるが、どっぷりと浸り過ぎてしまうとかえって本質が見えなくなってしまうこともある。私が最初に抱いた不安感は多分にこういった理由によるものだ。
しかし、異なる感覚やある種の違和感と出会って初めて見える世界というのもある。たとえば、外国人が地域の伝統文化の見直しや伝承、発展に寄与することがあるでしょう? 私の生まれ育った北信濃の地には、フランス生まれの俳人や、老舗の造り酒屋にアメリカからきた若女将がいて、日本文化に新たな光を当て、地域の発展に貢献している。あるいは、海外青年協力隊などで、外国人として文化の異なる国や地域に行っている日本の方々の活動もこれに似ていると思うが、このような、異文化からの働きかけによってその文化にどっぷりと浸かっていた人たちが自分たちの独自性に気づき、伝統文化の伝承や発展の一翼を担うということは決して珍しいことではない。
その考えからすると、競技の素人(作家=異文化の人)が、玄人(選手、コーチなど=どっぷりの人)が気づかなかった競技の真髄に迫るきっかけをつくり、競技力向上に役立つことは十分にあり得ることになる。
プロセスが競技に役立ったのではないか
要は、記述する側の感受性やバランス感覚が大切ということなのだろう。そのことが次のような節に現れている。「“死ぬ”」ほどハードな冬期練習の取材に行って、「そういうきつい練習を見てみたいと思った。邪魔じゃないかと申し訳ない気持ちがありつつも、やはり、実際に見てみないといけない気がした。そして、実際に見て、かえって、“わからない”ことを実感」することになる。
そのうえで「その膨大な努力のひとかけらを見ること、それを言葉で記することに、大きな意味はないだろう。何かわかったふうなことを書くためには、陸上競技をよく理解した人間が、選手の冬期練習を何カ月もフルに追いかけて見ないといけない。そんな絶望感にひたりながらも、やはり、貴重なドキュメントに立ち会わせてもらったというすがすがしさは消えなかった」という感想を述べているのだ。
立場を明確にして、現象を素直に見つめているからこそ気づく違いを丁寧に書きとめ、理解を深めて行くという態度が貫かれている。このことは逆に、選手にとっては、インタビューされることで自身のことに気づき、記述されたものからのフィードバックを受けて考えが統合され、競技力の向上に役立ったと考えることも可能なのではないか。
本書に描かれている大阪で世界陸上が行われた時期(2007年、夏)と、出版の時期(北京オリンピックの直前、2008年、夏)、その少し前まで選手への取材がなされていたことを考え合わせるとなおのことその思いを強くさせられる。
今、ここに、その時を再現する力がドキュメンタリーにはある。しかも、それが一冊の長編の書物としてまとまることで、別次元の価値、意義が生まれ、未来につながっていくような気がするのである。
(板井美浩・自治医科大学医学部保健体育研究室准教授)
佐藤多佳子 著、307ページ B6判、1,575円
集英社
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南江堂では1993年『アスレチック・マッサージの実際』(栗山節郎、村井貞夫、本間暁美著)を刊行しているが、今回は新たに機能解剖学、運動学などの図表も豊富に使い、整形外科学、リハビリテーション医学などの視点からもアプローチされている。第Ⅰ部アスレチック・マッサージの基本事項、第Ⅱ部リハビリテーションの基礎知識、第Ⅲ部アスレチック・マッサージの基本手技、第Ⅳ部全身・局所マッサージと他の療法との併用、第Ⅴ部部位別アスレチック・マッサージ、第Ⅵ部アスレチック・マッサージの応用、第Ⅶ部PNFテクニックの項目に分かれているが、とくに第Ⅵ部のアスレチック・マッサージの応用では、種目別(15競技)の特徴を踏まえた施術のポイントや方法が紹介されており、スポーツ現場で実践的に使えるようマッサージのポイントとしてまとめられているのも読者にはうれしい。実に200点を超える写真のみならず付属のDVD(100分)により、写真ではわかりにくい部分もわかりやすく解説されている。これからアスレチック・マッサージを勉強したい人にもおすすめの実践書。(T)
栗山節郎、後藤修司、内田真弘著、B5判、247頁、2008年11月10日刊、5,460円
南江堂(03-3811-7239)
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本書は2005年2月に刊行された『生活習慣病対策および健康維持・増進のための運動療法と運動処方』の改訂第2版である。初版が刊行された2005年と言えば、2000年に策定された「健康日本21」、2002年「健康増進法」の制定により、国民の生活習慣病やメタボリックシンドロームへの意識がいっきに高まっていった時期でもある。さらに2008年「特定健診・保健指導」が保険者に義務づけられ、ますます運動療法や運動処方への注目は高くなっている。今回の改訂では、この「特定健診・保健指導」にも対応できるよう「エクササイズガイド2006」など、運動療法、運動支援に関する最新の内容が加筆されている。また、整形外科の分野でも運動器不安定症への取り組みが行われているが、本書では整形外科疾患に関する項目を増頁し、整形外科医、理学療法士による最新の内容が掲載されている。さらに脳神経外科の項目も新たに設けられ、小児科臨床面の増強、運動指導者向けの実践的知識として、運動施設での救急対応などの項目も追加されている。副題に「身体活動・運動支援を効果的に進めるための知識と技術」とあり、コメディカルスタッフはもちろんのこと、健康科学を学ぶ学生にも、わかりやすく学ぶことができる本である。(T)
佐藤祐造編、B5判、404頁、2008年10月13日刊、6,300円
文光堂(03-3813-5478)
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臨床スポーツ医学の臨時増刊号(2008, Vol.25)で、副題に「スポーツ外傷・障害とその予防・再発予防」とある。500頁近いボリュームで、なんと執筆者は90人を超える。一線で活躍する医師、理学療法士、トレーナー、管理栄養士などがスポーツ外傷の予防・再発予防をテーマに、全5部のジャンルでまとめた。そのジャンルは、「総論」「スポーツ外傷とその予防・再発予防」「スポーツ障害とその予防・再発予防」「障害を防ぐための道具やシューズの選び方」「内科・その他の疾患とその予防」である。全体を通じて、X線写真のほかに、バイオメカニクスのデータが多いのが目立つ。予防、再発予防となると、発症メカニズムの解明が必要で、その際バイオメカニクス情報がもたらすところは大きい。加えて、当然ながら、ケガを起こさない動きづくり、また必要な筋力や柔軟性の獲得など、トレーニングやエクササイズをどうするかという問題があり、これに関しても多数取り上げられている。「これを行えば予防は万全」というところまでいくのはむずかしいにせよ、ケガを起こしやすい動きから起こしにくい動きに変えていくというのは大事な予防策になるだろう。(S)
臨床スポーツ医学編集委員会編、B5判、490頁、2008年11月1日刊、7,350円
文光堂(03-3813-5478)
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予防としてのスポーツ医学
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生物学の本である。著者は、お茶の水女子大理学部科学科から東京大学大学院生物化学専攻の理学博士。ドイツ、アメリカでの研究生活後、サイエンス系出版社で編集記者、編集長を務めた。現在はサイエンスライターである。
ご存じのように、生物学の世界は日進月歩。正確には、分子細胞生物学、分子遺伝学、発生生物学など、どんどん細かくなっていて、一般には新しい発見についていけそうにない。本書は、そういう世界でどこまで研究が進んでいるのか、何がわかってきたのかを、わかりやすく教えてくれる。iPS細胞やクローン技術などトピックも満載。
発展著しい分野だが、わかってくるほどわからないのが生物とのこと。わかっていないことのほうが多い。著者は、この本を書いたとたんに書き直さなければいけないのではないかと記しているが、それくらい新たな発見が続いている。
書名にある「雌と雄」の話も面白いが、こうした発見の概要を知るだけでも楽しい。しかし、つくづく思うのだが、細胞の話はなんと人間の社会全体にあてはまることが多いのか。細胞について考えると、自然と宇宙や命、つまり人生全体へ思いが及ぶ。(S)
三井恵津子著、新書判、218頁、2008年10月22日刊、735円
集英社(03-3230-6393)
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カラダは水中運動でよみがえる――水遊びのノリでちょうどいい
副題にもあるように、ここでは速く、力強く泳ぐことではなく、ゆっくりと、楽しく水遊びをする感覚を勧めている。「水はあなたのパーソナルトレーナー。大人の楽しい遊び場です」と述べられているように、水そのものを利用することで、リラックスして効果的な運動ができ、身体をよみがえらせてくれるとしている。最終目標は、蹴伸びで水中をスムーズに進んでいくこと。本書では「バンザイ蹴伸び」と呼ばれている手のひらを内側に向けて腕を上げたポーズで、「初代ウルトラマンの飛行姿勢」なのだという。そのためには姿勢がよいこと、バランス感覚や筋力、リラックスすることが必要になる。四股歩きや「けんけんぱ」など、目的に応じた段階的なエクササイズ10種目がカラー写真で丁寧に紹介されている。
快適スイミング研究会 編、A5判 147ページ、1,365円
学習研究社
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痛みに負けないカラダをつくる完全マスター 関節ストレッチ&トレーニング
本書は、まず部位別のストレッチ方法が紹介される。基本のストレッチから、「さらに伸びる」ストレッチ、角度を変えたものの3つが部位ごとに示され、見開き2ページにまとめられている。部位別のトレーニングについても2ページごとに紹介。いずれも豊富な写真にポイントが書き込まれている。
そして、最後に「あなたの症状に適した関節ストレッチ&トレーニング」として、肩こり、腰痛、膝の痛み、野球肩、テニス肘などに悩む人のためのストレッチやトレーニングの組み合わせを勧めている。
「関節ストレッチ」および「関節トレーニング」を融合させていることが特長。部位ごとに簡単に探したい項目を探せるように随所に工夫がこらされている。
矢野啓介、佐嶋健司 著、B5判 131ページ 1,575円
現代書林
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本書は、初めてのマラソン出場で完走、そして5時間以内の走破を目標に掲げている。著者が提唱するのは、意外なことに「走らない」という方法である。
まず、楽に走れるようになるためのドリルとして、股関節の柔軟性向上のためのランジや肩甲骨エクササイズとしてのバタフライ、手の力を抜くための「昔チョキ」(親指、人差し指、中指を伸ばす)での腕振りなどが紹介される。
そして、長く走るためのドリルでは、ストレッチングのほか「仮想ロープ引きウォーキング」「仮想マリオネットウォーキング」でよい姿勢で体幹部の移動感覚を身につけ、四肢の協調運動ができるようなエクササイズを紹介。
最後に、速く走るドリルとして、バウンディングなど。この3分類、計20種類が写真つきで紹介されている。動作をイメージでインプットすることを目指したDVDも付属。姿勢づくりを中心とした「走らない」エクササイズで、段階的に上達していくことで、誰でもどこでもできるドリルであるという。
牧野仁 監修、B5判 63ページ、1,680円
主婦の友社
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本書においては、神谷美恵子ほか、そしてサルトル、ブーバー、メルロ‐ポンティ、ハイデッガー、フッサールの思索を紹介しながら、段階的に「感受性」に迫っていく。
著者は教育実践の場に関わりながら、知的障害をこうむっている子どもたちの他者関係、あるいは小学校における教師と子どもたちの関係を現象学に基づいて解明するということを研究テーマとしている。先人の言葉を手がかりにしながら、意識とは何か、身体とは何かという問いを深めていくのである。この深みのある読みから導かれるものが、読み手として抱える問題と、うまくリンクした瞬間、読み手自身の立ち位置とそれを取り囲む構造が立体的に意識できるようになる。
中田基昭 著、B6判 259ページ、3,360円
東京大学出版会
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8人のキーマンが語る ジャパンラグビー革命ーー上田昭夫がここまで聞いた!
キーマンへのインタビュー
2009年6月、20歳以下の世界大会「IRBジュニアワールドチャンピオンシップ 2009」が日本で開催される。この大会は、2015年および2019年度ワールドカップ開催国に立候補している日本にとって重要な試金石となる。両ワールドカップとも日本以外に7カ国が立候補しており、その発表が2009年7月28日、同時に行われるのである。次世代を担う若いチームが世界中から集い、熱戦を繰り広げるこのジュニア大会をどう運営するか、その手腕がワールドカップ開催地決定に及ぼす影響は大きい。
本書はそんなラグビー界を改革せんとする8人のキーマンへのインタビューをまとめたものである。インタビューを行った著者の1人、上田昭夫氏は元日本代表選手であり、かつて慶應義塾體育會蹴球部を日本一に導いた名将でもある。上記の「ジュニアワールドチャンピオンシップ 2009」ではトーナメントアンバサダーに就任している。
8人のキーマンとなるのは日本代表ヘッドコーチであるジョンカーワン氏はじめ、日本代表GM、トップリーグ最高執行責任者、大学指導者、高校指導者など、さまざまな立場の方々である。タイトルの「革命」という言葉は誇張があるにしても、ラグビー界は今どこに進もうとしているのか、その現状についてそれぞれの立場で語られる内容は、時折相反する考えも見え隠れし興味深い。
ラグビー界活性化に期待
日本代表の強化、日本ラグビーを牽引するトップリーグの運営、この競技に注目を集め、しかも大規模な収益を見込める国際的イベントの招致、学生ラグビー界の取り組み。これらが競技人口増加や集客率向上、ひいてはラグビーという競技の隆盛につながればと、今は草ラグビーに興じるだけの我が身でもそう思う。ラグビーが盛んなはずの大阪府下の高校生大会でも、合同チームの数が増えているし、トップリーグのメディアへの露出がまだまだ少ないことにも寂しさを感じているのだ。
さて、ラグビー界でそれぞれ重要なポストに就いている8人のキーパーソンの中で、個人的に最も注目したいのは、ATQコーチングディレクターという立場の薫田真広氏だ。ATQ(Advance to the Quarterfinal)とは、ワールドカップ2011年大会でベスト8に入ることを目標に、ユース世代を中心とした選手、コーチ、レフリー、競技スケジュールおよびスタッフを強化・育成するプロジェクトのことである。薫田氏は東芝ブレイブルーパスを常勝軍団につくり上げた後勇退し、現職に就いている。その手腕が若手育成に一石を投じ、高校ラグビー界や大学ラグビー界にもよい波を広げることを期待する。
そして将来の代表の軸となる選手の育成は、トップリーグの新陳代謝活性にもつながるはずだ。ベテランと若手が混在するチーム編成も見応えがあるし、長年トップに君臨し続けるビッグネームプレイヤーも畏敬の念を持って応援したい。しかしそれ以上に、ベテランプレイヤーに引導を渡す若い力が次から次へと顔を出す、そんな活性化されたラグビー界も見てみたい。
(山根太治・日体協公認AT、鍼灸師)
上田昭夫、大元よしき著、B6判 214ページ、1,680円
アスペクト
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