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肉体マネジメント

北京オリンピック男子400mリレー決勝での歴史的銅メダルは今なお記憶に鮮烈である。そのアンカーを務め、最近現役を引退したばかりの朝原宣治氏による新書。
本書は、北京での予選が終わってからの「重圧」の模様から始まる。タイム的には3位に入れる。逆に言えば、失敗できないというプレッシャー。アメリカ、イギリスなどがバトンミスで失格となる幸運はあったが、目の前にメダルは見えていた。そこからアンカーとしてバトンをもらいゴールを駆け抜けるまでの描写は読んでいるほうも「心臓がバクバクする」くらいである。
朝原氏は、中学ではハンドボールで全国大会に出場、陸上競技は高校から始めた。以来同志社大学を経て大阪ガス入り。そこまでコーチはついていなかった。社会人になり、ドイツへ留学、その後アメリカに移った。いずれもコーチについた。途中、足関節の疲労骨折を起こし、大きなスクリューを2本入れた。そうした経験から、コンディショニングでもレースでも「感覚」を重視する姿勢が生まれる。トップアスリートの生の声が聞ける1冊である。(S)



朝原宣治著、新書判、189頁、2009年1月30日刊、777円
幻冬舎新書(03-5411-6222)

臨床スポーツ医学

オーストラリアで出版された、Peter Bruknerらによる『Clinical Sports Medicine 第三版』のパートA~Fのうち、Bまでが翻訳されている。
パートAでは、基本原則として傷害予防や診断、リハビリテーションの原則、バイオメカニクスや注意点などについてまとめられている。パートBでは、身体の部位ごとに発生しうるさまざまな問題について、痛み、外傷などに注目して詳しく述べられている。その問題点が何に起因するか、臨床診断、診断、検査、治療方法などについて豊富な写真、カラーイラストで解説。手術の紹介、リハビリテーションプログラムについてもわかりやすく記述されている。整形外科医のほか、PT、アスレティックトレーナー、鍼灸マッサージ師向け。




Peter Brukner、Karim Khanほか著、籾山日出樹、赤坂清和、河西理恵、黒澤和生、丸山仁司 総監修、663ページ、B5判、9,975円
医学映像教育センター

サッカープレー革命2――DVD超実戦編

プレー革命シリーズ第3弾となる本書は、『サッカープレー革命』『サッカートレーニング革命』に続くもので、サッカーにおける各種の動作について、動きづくりの観点から提案をしている。動きの解説には、分解写真とDVDによる映像が用いられている。
プロローグおよびパート1~6で構成され、最初に「二軸感覚」の走りについて説明し、ロナウド、メッシほか世界の一流選手の動きのポイントを簡潔に列挙している。パート1からは走り方について、紙コップを2列に並べてつぶしながら走る、などの具体的なトレーニング方法がある。ここでのポイントは「二軸」と「フルフラット」(足裏全体で着地すること)である。これを基本としてキック、フェイント、ヘディング、トラップなどについて解説している。



二軸感覚というキーワードですべてが語られている技術解説書の第3弾である。
トラップやキック、ヘディングなどサッカー特有のものもあるが、切り返し、フェイントなどは競技を問わずさまざまな場面で活用することができる。
トッププレーヤーの動きも解説されているが、彼らは二軸感覚という言葉は知らないはずだ。ではなぜこの動きになっているのか。
その辺りにもう少し根本的なことが隠されているのかもしれない。
(澤野博)



河端隆志、中村泰介、小田伸午 著 常足研究会 監修、139ページ、A5判、1,764円
カンゼン

日本テニススウィング革命

著者は、日本人がテニスで不振である理由として、「体幹を支持する足使いと腕使いでスクエア・スタンス打法のテニスを指導しているから」と主張する。海外のトッププレーヤーでは「オープン・スタンス打法」であり、「骨盤を土台とし、体軸を中心にして肩にトルクを与え、体幹の弾性体(腹腔と肋軟骨)をねじって」スイングしているという。また、「前腕を回内する外捻りのトルクの腕使い」「肩甲骨を外転し、胸郭に張りつけて前鋸筋を使う内捻りのトルクの腕使い」など「新しい発見による独創的な運動科学の理論」(41ページ)を著者は「ニュー・パワー理論」としている。でんでん太鼓などの例を用いながらまとめている。その記述はシンプルながら難解であり、バイオメカニクス的な用語なども独自の解釈が見受けられるようだが、感覚的な部分においてはヒントが得られるかもしれない。



中野薫 著、134ページ、A5判、1,890円
幻冬舎ルネッサンス

強くなる近道力学でひもとく格闘技

著者の1人、谷本氏は空手の選手として稽古に取り組んでいた。現在ではスポーツバイオメカニクスや筋生理学の研究者である。また、もう1人の荒川氏はプロの格闘技の現役選手であり、研究者でもある。この2人が『格闘技通信』で連載した内容に加筆・修正を加えたものが本書である。
より効果的な突きや蹴りが、どのようなメカニズムで生まれているか、また現場で使われるさまざまな表現を力学的な観点から解説していく。
著名な選手、伝説的な格闘家の動きについても多くの記述があるが、著者らの「強くなるためにどうすればよいか」という執念に基づくものではないかと感じられた。



谷本道哉、荒川裕志 共著、192ページ、A5判、1,575円
ベースボール・マガジン社

日本のスポーツはあぶない

熱中症、脳震盪、心臓疾患など、スポーツ中の事故、ケガなどについて、一般向けにわかりやすく書かれている。著者はサッカーやアイスホッケーの現場でアスレティックトレーナーとしての経験を持つ。海外と比較すると、日本におけるスポーツを取り巻く環境においては、安全面への配慮が足りないということを指摘している。現場へのAEDの配置、心肺蘇生法を含めた応急処置の普及が早急に求められていると訴えている。なお、これはスポーツの専門職が担っていくべきポイントでもある。タイトルには「笑顔でスポーツができるように」との思いが込められている。



スポーツ業界に関わるものとして、自分の働く環境はもちろんスポーツに関わる人の環境、待遇を改善できればと考えている。それは、著者と同じだと思う。毎年トレーナーという職業からみると、多数の希望者が出てくる中で、夢半ばで去る方々も多い。理由はさまざまにあると思うが、それは“環境”というものに尽きると思う。
本書を読んでいて再確認させられたことを述べたい。それは、NATA(全米アスレティックトレーニング協会)の創設が1950年であることだ。AMA(アメリカ医学会)に準医療従事者として認定されたのが、1990年であることもさらに驚いた。
私はアメリカの施設や環境、それらを支える哲学などについて触れてきたつもりである。あれだけ素晴らしい支援体制は一昼一夜にはできないことはわかっていたが、40年という年月を経て形になったものとは知らなかった。ということは、まだ、アメリカでもAMAに認知されて約20年であり、日本では認知されるまでに相当の時間がかかることは想像できる。
文中では、わかりやすく応急処置の方法が記してある。例を挙げると、心臓マッサージを行う際には、アンパンマンマーチや中島みゆきの「地上の星」SMAPの「世界にひとつだけの花」などと同じペースで行うとよいという。これ以外にも、傷は乾かして治すのではなく湿潤状態を維持して治すようにするなど現場では当たり前に用いられていることを丁寧に記してある。 これからどうしなければいけないのかを考えて行動しなければと思う。
(金子大)



佐保豊 著、184ページ、新書判、735円
小学館

教養としての身体運動・健康科学

駒場にある東京大学の身体運動科学研究室にはたびたび訪れる。
この本は、「はじめに」によると、東大教養学部前期課程基礎科目「身体運動・健康科学実習」の教科書として、東大大学院総合文化研究科スポーツ・身体運動前期部会の教員の共同執筆によって編集されたものである。
簡単に言えば、大学の教科書であるが、まさに「教養としての身体運動・健康科学」の書である。スポーツ、スポーツ科学、スポーツ医学を語るとき、あるいは議論するとき、共通の基盤が求められる。その基盤として、本書に記されていることは理解しておきたいと思わせる内容になっている。
「教養としての」という表現は考えると深い意味がある。東大では新入生はすべて教養学部に入学し、そこで前期課程と呼ばれる2年間の教養教育を受けたのち、教養学部を含めた各専門学部(後期課程)へ進学するという。その前期課程での身体運動・健康科学のテキストというわけである。巻末の資料に収められた「ヒポクラテスの養生論」「貝原益軒の養生訓」「ロックの身体の健康について」など歴史的文献も役立つ。お手元にぜひ1冊。(S)



東京大学身体運動科学研究室編、B5判、264頁、2009年3月23日刊、2,520円
東京大学出版会(03-3811-8814)

奇跡の脳

アメリカで50万部の大ベストセラーとなった話題作。NHK BSハイビジョンで、2009年3月24日と4月2日、ハイビジョン特集「復活した“脳の力”~テイラー博士からのメッセージ」という番組も放映され話題となった。本書を一言で紹介するとしたら「脳卒中からの復活記」である。ただし、脳卒中から復活した著者のジル・ボルト・テイラーさんは脳解剖学者(神経解剖学者)だったという点が、より読者の興味をそそる。脳の専門家が脳卒中になったら、どう感じ、どう復活していくのか、脳卒中の回復には何が必要なのかが、専門家として培った脳に対する知識と脳卒中患者当事者の両視点から書かれている。本書はおおまかに、脳卒中になる前の人生、そして脳卒中になったときの状況、脳卒中からいかに回復して神経解剖学者として復活したか、そして脳卒中が脳について教えてくれたことの4つの話の内容に分けられる。「脳卒中の体験から多くのものを学んだせいか、なんだかこの旅が幸運だったと感じるようになりました」(P.214)とあるように、全編決して悲観的な内容ではなく、自分や身内が脳卒中になっても本書を読んでいれば、脳の再生へ向けて希望を持つことができるように思えてくる。すべての人たちに読んでほしい1冊。(T)



ジル・ボルト・テイラー著、竹内薫訳、四六判、255頁、2009年2月25日刊、1,785円
新潮社(03-3266-5111)

DVD『ロコモン体操(運動器健康寿命延伸体操)』

ロコモン体操とは、骨、関節、筋肉、神経に着目した新しい(財)日本股関節研究振興財団のオリジナル体操。「ロコモティブシンドローム」という社団法人日本整形外科学会により発表された新語で、運動器の障害により要介護になるリスクの高い状態を意味しているが、日本股関節研究振興財団では運動器健康寿命延伸の啓発活動に力を入れており、「ストップ・ザ・ロコモティブシンドローム」として、ロコモン体操を制作し提案している。
このDVD『ロコモン体操』は、立って行う体操、椅子に腰かけて行う体操、床に寝て行う体操の3種類を紹介。20年間整形外科医の処方する治療と予防の医学体操の指導を中心に活動されている太藻ゆみこさん(メディカルフィットネス研究所代表)が実技指導を行っている。実技には解説やポイントも紹介されており、一般の人でも、ロコモン体操を実施できるようにわかりやすく構成されている。運動器を鍛え、運動器不安定症にならないように、さらにロコモディブシンドロームの予防に役立つ内容である。(T)



財団法人日本股関節研究振興財団制作・著、約53分、2009年発売、1,000円
財団法人日本股関節研究振興財団(03-3421-6552)


DVD『ロコモン体操(運動器健康寿命延伸体操)』
101歳のアスリート

まんざらでもない“歳をとる”
“人は誰しも歳はとりたくないものである”とはよく聞く言葉である。“歳をとる”という言葉は、どちらかというと否定的な使われ方をする言葉である。しかし、いざ歳をとってみると“あれ? まんざらでもないな”などと思っている人も多いのではないだろうか。“歳をとったからこそできること”、“歳をとってみてわかるようになったこと”が結構多く、歳を重ねることで、若いときには気づかなかった新しい世界が開けたりするものだ。
むしろ二十歳前後の学生たちのほうが歳をとった歳をとったと嘆いていたりして、私の半分にも満たない歳のクセに何を言っておるのだ! などと目くじらを立てたりもしてはみるものの、なんてことはない、彼らはいわゆる“自虐ネタ”で盛り上がっているだけなのだ(果たして私も学生時代似たようなことを言っていたものだ)。

“早く歳をとりたい”
一方、“早く歳をとりたい”とはマスターズ陸上の競技会に参加するとよく聞く言葉である。マスターズ陸上とは、ベテランズ陸上とも呼ばれ、男女ともに35歳以上になると参加できる競技会である。5歳刻みでクラスが分かれており、たとえば35~39歳の男子ならばM35、女子の場合はW35というように頭に性別を表す記号を入れて示す。年齢クラスが上がるときは、今までのクラスを“卒業”したとか、新しいクラスに“進級”したなどと内輪では言っている。
各クラスの選手同士で競われるので、同じクラスの中でなら“進級したて”の若いほうが有利に違いないと考え、たまに調子のよいときなど決まって“記録はこのままで早く歳とって次のクラスに進級したいなあ”などとアサハカにも皆同じことをつぶやくのである(果たして私もこのまま早く次の年齢クラスに進級したい)。

若々しい老人
“歳をとった人”つまり“高年齢者”のことを一般に“老人”と呼ぶようだが、老人とは“若さがない人”のことではない。誰が言ったか知らないが“人は歳をとるから老いるのではなく、人は希望を失ったときに老いるのである”という考え方をしてみると納得がいくと思う。そういった意味で、マスターズ陸上界には“若々しい老人”がウジャウジャといる。
本書の主役であり著者でもある日本最高齢のアスリート、下河原孝氏もその一人だ。“M100”クラス、投てき三種目(ヤリ投げ、円盤投げ、砲丸投げ)の世界記録保持者である。
「101歳で、マスターズ陸上で世界記録を出した体力と健康の秘密」についてさまざまなエピソードを絡めて紹介されている。エピソードと言ってもただごとではない。たとえば、下関市(山口県)で行われた全日本マスターズにおいて、ヤリ投げで世界新記録を出したときのものだ。釜石市(岩手県)に住む氏は「在来線で新花巻まで二時間かけて行き、そこから新幹線に乗り換えて東京までまた数時間。東京から姫路まで行き一泊して、翌日、下関へ。二日かけてようやく辿り着く長旅」を経て初めて競技に参加できるのである。

柔軟な考え方
「くよくよしていたら長生きなんてできません」とは言うが鈍感になれということではない。「歳とともにだんだん動かなくなってくる」身体には「年寄りならではの感覚」を大切にして「体力をつける発想ではなく体調を整えるという発想」に「思い切って切り替えて」いく柔軟な頭を持ち、「よく動いて、動きすぎず」「なんでもパクパク」「よく噛んで」食べる。ビールだって毎晩飲む。「何がよくて何が悪いか」より家族と「食卓を囲んでとって」いることが「とても幸せなことです」と説く。耳が遠くなったのをいいことに「都合の悪いことは聞こえないふり」をし「呆れられることもあるのですが、それさえ聞こえないふりをして」しまうというのには笑った。
いくつもの大病をさえ乗り越えたにもかかわらず「ただあるのは、曲がりなりにも100年以上生きてきて、今も健康という事実だけ」という謙虚さの前にはただただ恐れ入るしかない。
(板井美浩・自治医科大学医学部保健体育研究室准教授)



世界記録ホルダーの「カッコいい」生き様
男子たるもの、いくつになっても「カッコいい」と言われたいもの。高齢化社会の危機が叫ばれているとは言え、世の中にはその夢(?)を実現しているダンディで伊達者のおじ様、おじいちゃんが立派に存在しているのもまた事実である。
そもそもダンディや伊達の定義とはいかなるものだろうか? 辞書やインターネットによれば、Dandyとは、「身体的な見た目や洗練された弁舌、余暇の高雅な趣味に重きを置く男性」のこと。伊達とは「好みがしゃれていること。考え方がさばけていること。また、そのさま」とある。すなわち、自身の内面・外面はもちろんのこと余暇の過ごし方に至るまで洗練されている、さばけている、と思わせる何かを感じさせる(とくに男性としての)生き方、とも言えるだろう。
本書の著者、下河原孝氏はそういった意味ではまぎれもなく「カッコいい」老人である。御年99歳にしてマスターズ陸上へ初参加、さらには101歳にして投擲系2種目においてマスターズ世界記録を樹立し、103歳の現在は3種目の世界記録ホルダー。1世紀を生きてなお、競技の世界にチャレンジし記録を打ち立てている人、ということでさぞやストイックな求道者を想像するかもしれないが、さにあらず。「自分の身体をよく知ること」「やり過ぎないこと」を信条とし、年を取るほど記録が伸びる自らの身体を「自分でもおかしいと思います」とサラリと言ってのける。行きつけのスナックでは100歳過ぎであることをネタにただ酒をご馳走されることを楽しんでしまう。かと思いきや、趣味を持つことや感謝の心といった普遍的なものの大切さをこれまたサラリと述べることもできるその姿には、文字通り洗練され、さばけている「ダンディで伊達」な男ぶりを垣間見ることができると言えるだろう
老いも若きも、「カッコいい」生き様の参考となること請け合いの一冊である。
(伊藤謙治)



下川原孝 著、189ページ、B6判、1,470円
朝日新聞出版

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