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本番で負けない脳――脳トレーニングの最前線に迫る

土壇場での心理状態は  バンクーバー2010オリンピック冬季大会で、選手の頑張る姿に手に汗を握り、時には涙があふれるくらい感動したという人は多いだろう。見ているだけで押さえきれずに感情があふれるのに、あんな土壇場でのアスリートの心理状態はどんなものかと想像し、それだけで胸が熱くなった人もいただろう。
 脳トレーニングという側面から、本番で実力を発揮するためにどうすべきなのかを解明しようとする本書は、NHKの報道番組ディレクターによるものである。構えて読んでしまうと言うと、意地が悪いだろうか。いずれにせよ、テレビ番組として絵になるニューロフィードバックという1つの手法に偏重しすぎていることや、メンタルトレーニングと脳トレーニングが別モノであるかのようなスタンスが垣間見えることは残念である。しかし、日本のスポーツ界が今後解決すべき科学的心理学的サポートに関する問題提起としてはおもしろい。確かに目に見えるわかりやすい指標を用いるほうが、メンタルトレーニングもより効果的に行えるだろうし、より広く普及するのではないか。いずれにせよ、心理トレーニングはアスリートの基礎トレーニングの1つとしてより広く定着すべきだろう。

カナダの強化プログラム
 本書でも紹介されているように、地元バンクーバーでのオリンピックに向けて、カナダは国家戦略としてアスリートの強化を続けてきた。過去2回の地元開催オリンピックで、金メダルを1つも獲得できなかったことが発端である。心理学的なアプローチも強化され、14人のスポーツ心理学者が強化プログラムに取り組んできたことが地元紙でも紹介されている。サイコロジーという言葉を使うと、心理的障害に対処するという印象がぬぐえないため、メンタル・パフォーマンス・コンサルタントという名称で活動したとのことだ。ビジュアライゼーション、メディテーションや深呼吸エクササイズ、ポジティブ・リフレイミング、セルフトーキング、そしてそれらの効果を客観的に確認できるニューロフィードバックを含めたバイオフィードバック。これらを用いて本番でZONEとも呼ばれる境地に至るようトレーニングしてきたのだ。結果、金メダルの獲得数が14個と大会1位に輝いた。実に前回のトリノオリンピックで獲得した数の2倍である。
 今大会、カナダの金メダル第1号になった男子モーグルのAlexandre Bilodeau選手もその恩恵を受けた1人である。ただ彼を担当した心理学者は金メダル獲得への貢献度に関して、「一部を担っていることは確かだが、コーチ、ストレングス・コンディショニングトレーナー、理学療法士やその他治療家、そして実業家や経済のエキスパート集団がトップアスリートを支援するスポンサープログラムであるB2Tenなど、すべてのサポートメンバーと貢献度において何ら変わるところはない」と謙虚に語っている。目新しいひとつの手法に対して盲目的に飛びつき、流行モノをつくるような大衆心理で取り入れるのではなく、資金調達とその有効利用も含めて、地に足をつけたトータルサポートシステムをさまざまな専門家が協力し合って構築し、実践することが重要だと言うことだ。加えるならそれを広く裾野へも還元して標準化することで次世代へのサポートにもなるだろう。

大切なこと
 顔にはまだ幼さすら残るBilodeau 選手の金メダル獲得後のインタビューを聞くと、もう1つ大切なことが見えてくる。彼の言葉は自分の周りにいてくれるすべての人々によるサポートへの感謝で満ちていた。家族の話が出たときに思わず涙ぐんでいた彼は、脳性麻痺の兄からたくさんのインスピレーションをもらったという。障害を持ちながらそれでも不平を言わず前向きな兄に驚かされてばかりで、人間の限界とは何だと考えるようになったと、別のインタビューでも答えていた。与えられた環境に不満を抱き自分で限界を決めてしまうのではなく、己に与えられた力を最大限に伸ばし、活かすことだけ考えることを学んだ、と。すべてのトレーニングは彼の生き方に影響を与え、彼の生き方はトレーニングの効果、ひいてはパフォーマンスに影響を与えたのだろう。  普段の何気ない日常の中でも、よりよく生きようと覚悟を持ち行動すれば、それが自然に人を強くする。オリンピックレベルのアスリートでなくても同じことだ。生き方そのものが、土壇場を迎えたときの身の処し方、メンタルプリパレーションのトレーニングになるはずだ。
(山根太治・日体協AT、鍼灸師)




善家 賢、190ページ、B6判、1,365円
新潮社

幻の東京オリンピックとその時代――戦時期のスポーツ・都市・身体

題名にある「幻の東京オリンピック」とは、立候補したがリオデジャネイロに開催決定した2016年のものではなく、戦時中の1940年のものである。開催決定までの誘致活動の様子、そして返上に至る過程について、スポーツ社会学的な分析が行われている。
 各地の大規模な運動公園など、さまざまな運動施設はスポーツを行うインフラを担っているが、すでにこの時期から計画・整備が始まっていたことが本書により明らかにされている。オリンピック誘致と連動して、さまざまな変化が起きていること、それが戦後にも大きな影響を及ぼしていることが興味深い。
 そのほかの題材として、都市空間、広告における写真表現、学生野球、集団体操などが取り上げられ、当時どのような動きがあったのかが文献に基づいて立体的に浮かび上がる。




坂上康博、高岡裕之 編著、448ページ、A5判、4,200円
青弓社

消費者の「隠れたニーズ」を見つけ出す 「空気読み」企画術

 本書は、日々企業や消費者に対して企画を考え、その実現を目指す人達(企画立案者)を対象に、具体的な立案方法を紹介し、よりよい世の中の創造へ貢献することを目的として執筆されたものである。

 企画立案に際し、最終的な提案対象となる消費者の周辺環境は、時間経過とともに大きく変化した。以前までは、未解決、不満足というような、消費者自身が自覚できる「顕在的ニーズ」が多く存在し、それを解決、満足の方向へ向かわせることが企画立案者の主な取り組みであった。しかし現在は、以前までの満たされないものの多くは解決済みになってきており、消費者自身が本当に必要としているものや、より豊かなものにするために必要なものを明確に捉えることが困難になってきているようである。

 このことから、現在の企画立案者には、消費者の中に存在する「潜在的なニーズ」を見出す能力が求められてきていることを提言している。そして著者は、この能力を獲得する行為を「空気読み」と定義し、潜在的ニーズを的確に捉えて実現に結びつけるための企画立案術を紹介している。

 具体的には以下の4つの段階に構成され、これらを適切に実行することによって、「空気読み能力」を獲得しようとしている。

 1つ目は、「情報収集と蓄積方法」である。ここでは、さまざまな視点から物事を捉えることの大切さと、その具体的方法を紹介している。2つ目は、「潜在的ニーズを獲得する技術」である。ここでは、「空気読みフレームワーク」という概念を用いて、潜在的ニーズの具体的な獲得方法をわかりやすく紹介している。3つ目は、「企画のつくり方」である。ここでは、企画立案者と関わりを持つ一般消費者(C)と企業(B)の両者にメリットを生み出すように、「B to Cモデル」、「B to B to Cモデル」を活用した企画の考え方や視覚化の方法を紹介し、より関係者との共有促進を目指している。4つ目は、「協力を獲得できるプレゼンテーションのコツ」である。企画実行による課題解決のストーリーをよりよく伝えるために、企画書を用いた具体的な進め方のコツを整理している。

 本書は、全体を通じて具体的なノウハウが多く、企画立案者にとっては非常に役立つ内容であると同時に、指導現場におけるトレーニング指導者にとっても有用なノウハウが紹介されている。また、それだけでなく、本書の底流に流れる「消費者の課題を解決する」「社会の役に立つ」というメッセージを見逃すことはできない。そして、この部分がトレーニング指導者として、「指導対象に対して、いかによりよい提案をするか」について学ぶことができるように感じる。

 トレーニング指導者とは、指導対象の目的に応じて、科学的根拠に基づく運動プログラムを作成し、これを効果的に指導・運営する能力を持ち合わせた存在である。そして、その提案対象となる指導現場も時間経過によって変化していることを実感するのである。

 以前は、指導現場にトレーニング指導の専門職が存在していることが多くはなかった。したがって、指導現場が自覚できる未解決や不満足について、解決や満足の方向に向かうことで一定の評価を得られたように思う。しかし、指導現場における専門職の存在が一般化してきたことと、競技スポーツの高度化によって、「指導現場の自己実現欲求」がより進んだのではないだろうか。そして、指導現場の専門職もまた、本書の企画立案者と同様に、指導対象の中に存在する「潜在的なニーズ」を見出す能力、「空気読み」を必要としているように感じるのである。

 昨今、「KY(=空気読めない)」という言葉を耳にするが、その背景には、日本人が「場の背景となる文脈」をつかむことを重要視してきた歴史的側面も存在するようである。そして、本書は目標達成に向けて、具体的な文脈の読み解き方を段階的かつ丁寧に紹介してくれているのと同時に、上記の4段階は、トレーニングの指導現場における取り組みの提案について、そのまま活用可能であると感じた。指導現場における共有の促進や、効果的な指導・運営方法に行き詰まりを感じている指導者の方にお勧めする一冊である。
(南川哲人)




跡部 徹 著、220ページ、B6判、1,575円
日本実業出版社

ブレスダイエット 呼吸でやせる!

 本書で紹介されているエクササイズは、呼吸に関するもののみ。モニタリングをして、筋を緩めるためのリセットコンディショニング(指でさする、圧を加えて筋を動かすなど)をして、呼吸の方法を身につけるというシンプルなもの。DVDも付属し、実際の方法について解説されている。用具はエクササイズの前後に行うサイズ測定に必要なものくらいである。
 呼吸の方法をきちんと身につけることで、不要な緊張がほぐれ、姿勢も変わり、心身によい効果が現れてくるそうだ。


 呼吸。毎日あたりまえのように行っている呼吸は、なんと一日に約2万回も行っている。しかしそのメカニズムや方法を教わることなどほとんどない。もし、よい呼吸を行うことで、姿勢がよくなったり、身体の不調が改善したりするとしたらどうでしょう? 今まで痩せにくかった身体も、そんな呼吸の乱れからきていたのではないでしょうか。
 本書は、そのよい呼吸が行えるように、解りやすく導いてくれる一冊である。仕事でパソコンに向かいっぱなしであったり、ストレスを多く受けている現代人にとって、身体と心を解放させてくれる呼吸について見直してみるよい機会になると思う。
(大槻清馨)



有吉与志恵 著、111ページ、A5判、1,890円
講談社

徒手的理学療法

全6章で構成され、基本理念、評価の原理、治療の原理について解説した後、部位ごと(脊柱、上肢、下肢)に機能解剖、主な傷害、評価方法とともに、徒手的理学療法が紹介される。実際の動きについても、DVDを用いて動画で繰り返し見ることができ、技術を身につけるうえで役に立つ。
 主に理学療法士へ向けて関節モビライゼーションや軟部組織モビライゼーションなどについて解説したものであるが、各部位に関して自己モビライゼーションや自己ストレッチング方法も紹介されており、参考になる。
 筆者は25年の経験を持ちながら「いまだ修行中の身です」と書いている(序文)。よりよい学びの場を提供したいという思いが結実した書籍である。




藤縄 理 著、296ページ、B5判、6,090円
三輪書店

スプリントトレーニング――速く走る・泳ぐ・滑るを科学する

そもそもスプリントトレーニングとは何かという定義から始まり、生理学・生化学、バイオメカニクス、評価方法、トレーニング計画、傷害予防、栄養、ドーピングなど、多岐にわたるスポーツ医科学的な内容がコンパクトにまとまっている。
 なお、スプリントトレーニングという題名から、陸上競技を連想するが、本書で扱っているのは、陸上競技に限定されない。サッカー、水泳、スキー、スピードスケートなども取り上げられているのが特徴の1つである。




日本トレーニング科学会 編、185ページ、A5判、3,570円
朝倉書店

わたしが冒険について語るなら

私にとっての最近の冒険
 医学部では上級生になると臨床実習(Bed Side Learning:BSL)で学ぶことに多くの時間が費やされるようになる。BSLに出る前には全国の医学部で共通して用いられる“共用試験”に合格する必要がある。これは臨床前教育の成果を、コンピューターを利用した試験(Computer Based Testing:CBT)と、客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination:OSCE:通称・オスキー)で計るもので、進級(留年)がかかった非常にプレッシャーのかかる試験である。
 CBTは、多くの試験がそうであるように“問われたことについて答える”という形態のものである。ところがオスキーでは、学生が医師役となって模擬患者を診察室に呼び入れ、医療面接(問診)したり身体所見(検査:視診・聴診・触診・打診など)をとったりと、これまでとは逆の立場に身をおいた振舞いをしなければならなくなるのである。教わったことについて“聞かれたら答える”というのは難しいようでいて案外簡単なものである。それに比べ“自ら問いかけ、相手の状況を正確に聞きだす”というのは難しい。ぺーパー試験では優秀な成績を修める学生が、オスキーではしどろもどろになったりすることがしばしば起こる。
 実は先般のオスキーでこの模擬患者役を仰せつかり、サトウタロウさん(仮名)となって、「うぅぅ、背中から腰にかけて痛いんです、先生、うぅう」などとやった経験が私にとっては大変な冒険だったので早速誰かに話したくなった次第である。
 だいたいはベテランのボランティアが模擬患者になるのだが、ほとんどの方が学生との面識はないはずである。そんな中で、グラウンドや体育館でしょっちゅう顔を合わせている私などがヌッと現れる(学生は誰が模擬患者なのか知らされていない)のだから面食らったに違いない。全員そろって4月からBSLに無事出られることを祈るばかりである。

命を懸けてついて行く
 さて本書の著者、三浦雄一郎は言わずと知れた大冒険家である。業績を挙げればきりがないが、富士山直滑降、世界七大陸最高峰でのスキー滑降、父(100歳)・子どもたち・孫たち(1歳と5歳)とともに4世代でロッキー山脈をスキー滑降、エベレスト登頂の最年長男性(75歳7カ月)としてギネスに認定され、77歳になる現在は「『80(歳)でそんなことができるのか?』ってことに挑戦してやろう」ということでエベレスト登頂を目指しているという、なんともはやスゴい方なのである。  やはり“オヤジの背中”を見て育ったことが大きく影響しているようだ。100歳でロッキー山脈をスキーで滑った父・敬三は、雄一郎が少年だったころ頻繁にスキーや山行に同行させている。当時のスキー場は交通の便がよいわけはなく、ゴンドラもリフトも現在のように整備されていないから「山中を歩いてはスキーで滑る」わけだ。もとより野遊びが好きな雄一郎少年ではあったが「いっしょに歩いているのは大人たちばかり」の山行では「その群をはずれたら死んでしまう」とばかり、文字通り必死についていかなければならない。普段は「物静かであまりしゃべらない」が、ここぞというときには「口を開いてキッパリと自分の考えを述べ」護るべきものを護ってくれる父の背中を見ながら命を懸けてついて行く。そして今、自身の背中を皆に見せ、先頭を駆け続けているのである。

誰もが冒険し、次世代に背中を見せる
「はじめて行くところはどんなところでもドキドキするものです。そこにふみこんで行くことが、冒険の原点なのです」
 少し拡大して解釈すれば、初めての立場やいつもとは違う立場に立って考えてみること、振舞ってみることも、1つの“冒険”にほかならない。
 誰もが、先達の背中を見て育った命をここに生き、次世代に背中を見せつつ歩み続けている。ただ1つ懸念することは、果たして子どもたち、学生たちに見せるだけの背中があるのか…。自問を繰り返す日々である。
(板井美浩・自治医科大学医学部保健体育研究室准教授)




三浦雄一郎 著、196ページ、B6判、1,365円
ポプラ社

賢い皮膚――思考する最大の“臓器”

皮膚は外界と接しており、内外を区切る役割を持つ。細菌やウイルス、乾燥などから身を守り、熱など危険なものを察知して致命的な事故を防ぐ役割を持っている。サブタイトルにあるように最大の臓器でもあると考えられるのだそうだ。著者は皮膚の研究を続けていく中で考察を深めていくが、それをもとに皮膚の構造や機能について広い視野から最新の研究成果をまとめている。興味深いのは、表皮にポリモーダル痛み受容器があるという発見である。神経伝達物質の存在やその受容器の存在についても明らかになっており、皮膚が情報処理をしている可能性について示唆している。本書ではさらに一歩踏み込んで東洋医学的なアプローチの有効性についても仮説を示している。




傳田光洋 著、211ページ、文庫版、756円
筑摩書房

迷ったときこそ、続けなさい!――続けることで得られる力

仕事とは何か、どういう意味を持つのか、仕事を続けるかどうか迷ったときにどうするのがよいのか。そういった疑問に対して、野球のグラブをつくり続けてきた名人(坪田氏)から、根本氏が聞き手として話を引き出してまとめた本である。根本氏は、かつて名人と一緒に働き、グラブを修理・実演製作しながら全米を回った経験がある。たとえ目の前にある仕事が面倒であったり、苦しいものであっても、それを楽しめるような工夫を重ねながら続けることがポイントであるようだ。




坪田信義、根本真吾 著、207ページ、B6判、1,449円
クロスメディア・パブリッシング

強い者は生き残れない――環境から考える新しい進化論

本書は、環境という面から生物の進化について深く考察したものである。
 環境の変化としては身体面や用具が大きく改善していき、ルールも頻繁に変わっていくという現状がある。これは、生物にとって常に変化しつづける環境への適応と似通った方向性が、各チームや個人に求められるということでもあるだろう。すなわち、生き残るのは強い者、つまりその時点での環境に完全に適応した者ではない。真に生き残るのは、環境の変化にしなやかに対応できる者ということになる。ビジネス面での危機感を述べた経営者の言葉が紹介されているが、スポーツの世界においても、最も強いチームや個人が毎年勝ちつづけるというのは、なかなか難しい。進化学や生物学の分野の書籍ではあるが、ライバルに打ち勝とうと日々努力が重ねられているスポーツにおいてもヒントとなるだろう。




吉村仁 著 251ページ、B6判、1,260円
新潮社

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